刑事事件を原因とする損害賠償が抱える課題
先日このような記事を目にしました。
この記事に、
と書かれていますが、この数字が何の割合を示しているのか気になりました。つまり、全額支払われた件数の割合なのか、一部でも支払われた件数の割合なのか、あるいは賠償金の総額のうち支払われた割合なのか、ということです。
その答えを知るためにネットで調べたところ、刑事事件を原因とする損害賠償が抱える課題についての理解が深まりましたので、この課題に関心を持った方々が参照できるようにここに書き残しておこうと思います。
なお初めに断っておきたいのですが私は法律にあまり詳しくなく、これから書くことは一市民がネットで得た情報をもとに書いていることをご承知ください。誤りや不正確な表現がございましたらコメントでお知らせいただけますと幸いです。補足の情報も大歓迎です。
記事で引用されている、日本弁護士連合会が2018年に行った調査というのは「損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート調査集計結果(2018年)」であると思われます。
このアンケート調査は日本弁護士連合会が全国の弁護士会会員に対して行った調査で、損害賠償命令制度の対象となる事件が調査対象のようです。
調査結果の10ページに目当ての「殺人事件で13.3%、傷害致死事件で16.0%」という数字が出てきます。列の見出しを見ると、これらの数字は「回収平均 回収額/書面条の賠償額」(おそらく「書面上」の誤字)であると書かれています。つまり、この数字は金額ベースの割合を示していた、ということですね。ここで注意しなければならないのが、これらの数字は書面上の賠償額が確定したケースのみを見ているということです。殺人事件について回答のあった50件のうち書面上の賠償額が確定したケースは25件のみです。被告人に資力がなく回収見込みがないためにそもそも損害賠償請求を検討しないケースもあるので、損害賠償請求をしていれば本来確定したはずの損害賠償額を考えると「実際に被害者が被った損害のうち回収できた賠償額の割合」はさらに低いと考えられます。
続いて12ページの、賠償に関する書面を作成したにも関わらず全く回収できていないとした11件の回答の理由(複数回答)を見ると、「債務者の資力がないことが明らかで、強制執行手続による回収が期待できない。」が6件と最も多く、続いて「債務者が任意の支払をしない。」が5件となっています。冒頭の記事の事件で強制執行が検討されたかについては記事の内容からは分かりませんが、こうした事情から強制執行を行わなかった可能性は十分あります。
なお「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の第九十八条四項にはこのような記述があります。
このように、受刑者がその釈放前に報奨金を損害賠償に充てることはできますが、受刑者による申出が必要です。アンケート調査の結果に出てくる「任意の支払」とはこのことを指しているのでしょう。
さて、受刑者には作業報奨金が支払われるはずですが、これに対して強制執行を行うことはできないのでしょうか。このことについて争われた裁判の判決が2022年8月に出ています。結論としては、
としており、その理由については下記のように書かれています。
法務省のサイトによると、作業報奨金の1人1月当たりの平均支給計算額は、令和3年度では約4,516円とのことですので、この金額をもとに単純計算すると、冒頭の記事の事件の受刑者の場合、14年服役した後に受け取る金額は76万円程です。これを元手に全く新しい生活を始める必要がありますので、その一部を服役中に支払うことを強制することを制限することは無理のない話に思います。
また同サイトによると、
とのことですので、受刑者の労務によって生み出された利益が犯罪被害者への損害賠償に充てられる制度にはなっていません。
以上のことから、やはり犯罪被害者が損害賠償の支払いを受けるのは非常に難しいことがわかります。このような状況を鑑みて、日本弁護士連合会は2023年3月に、犯罪被害者等補償法制定を求める意見書を国に提出しています。その内容は
の2つを柱とした犯罪被害者等補償法の制定の提案です。
意見書では、冒頭の記事の事件とまさに同じ構図となってしまう理由についても詳述しています。
他にも犯罪被害給付制度とその課題についてや、海外の制度の事例についても書かれており、非常に内容が充実していますので興味ある方はご一読することをおすすめします。
内容は以上となります。多少なりとも誰かの参考になると嬉しいです。
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