刑事事件を原因とする損害賠償が抱える課題

先日このような記事を目にしました。

この記事に、

日本弁護士連合会が18年に実施した調査によると、刑事裁判後の損害賠償命令や民事訴訟で確定した賠償金が支払われたのは殺人事件で13・3%、傷害致死事件で16・0%にとどまっている

遺族に一度も賠償金払わない犯罪加害者、母親「時効待ったとしか思えず」…逃げ得許さない制度望む(読売新聞オンライン 2023/12/21 15:42 公開)より

と書かれていますが、この数字が何の割合を示しているのか気になりました。つまり、全額支払われた件数の割合なのか、一部でも支払われた件数の割合なのか、あるいは賠償金の総額のうち支払われた割合なのか、ということです。

その答えを知るためにネットで調べたところ、刑事事件を原因とする損害賠償が抱える課題についての理解が深まりましたので、この課題に関心を持った方々が参照できるようにここに書き残しておこうと思います。

なお初めに断っておきたいのですが私は法律にあまり詳しくなく、これから書くことは一市民がネットで得た情報をもとに書いていることをご承知ください。誤りや不正確な表現がございましたらコメントでお知らせいただけますと幸いです。補足の情報も大歓迎です。


記事で引用されている、日本弁護士連合会が2018年に行った調査というのは「損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート調査集計結果(2018年)」であると思われます。

このアンケート調査は日本弁護士連合会が全国の弁護士会会員に対して行った調査で、損害賠償命令制度の対象となる事件が調査対象のようです。

調査結果の10ページに目当ての「殺人事件で13.3%、傷害致死事件で16.0%」という数字が出てきます。列の見出しを見ると、これらの数字は「回収平均 回収額/書面条の賠償額」(おそらく「書面上」の誤字)であると書かれています。つまり、この数字は金額ベースの割合を示していた、ということですね。ここで注意しなければならないのが、これらの数字は書面上の賠償額が確定したケースのみを見ているということです。殺人事件について回答のあった50件のうち書面上の賠償額が確定したケースは25件のみです。被告人に資力がなく回収見込みがないためにそもそも損害賠償請求を検討しないケースもあるので、損害賠償請求をしていれば本来確定したはずの損害賠償額を考えると「実際に被害者が被った損害のうち回収できた賠償額の割合」はさらに低いと考えられます。

続いて12ページの、賠償に関する書面を作成したにも関わらず全く回収できていないとした11件の回答の理由(複数回答)を見ると、「債務者の資力がないことが明らかで、強制執行手続による回収が期待できない。」が6件と最も多く、続いて「債務者が任意の支払をしない。」が5件となっています。冒頭の記事の事件で強制執行が検討されたかについては記事の内容からは分かりませんが、こうした事情から強制執行を行わなかった可能性は十分あります。

なお「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の第九十八条四項にはこのような記述があります。

刑事施設の長は、受刑者がその釈放前に作業報奨金の支給を受けたい旨の申出をした場合において、その使用の目的が、自弁物品等の購入、親族の生計の援助、被害者に対する損害賠償への充当等相当なものであると認めるときは、第一項の規定にかかわらず、法務省令で定めるところにより、その支給の時における報奨金計算額に相当する金額の範囲内で、申出の額の全部又は一部の金額を支給することができる。この場合には、その支給額に相当する金額を報奨金計算額から減額する。

刑法等の一部を改正する法律(令和四年法律第六十七号)より

このように、受刑者がその釈放前に報奨金を損害賠償に充てることはできますが、受刑者による申出が必要です。アンケート調査の結果に出てくる「任意の支払」とはこのことを指しているのでしょう。

さて、受刑者には作業報奨金が支払われるはずですが、これに対して強制執行を行うことはできないのでしょうか。このことについて争われた裁判の判決が2022年8月に出ています。結論としては、

刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条の定める作業報奨金の支給を受ける権利に対して強制執行をすることはできない。

令和4年(許)第6号 債権差押命令申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件 裁判例結果詳細 より

としており、その理由については下記のように書かれています。

刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条は、作業を行った受刑者に対する作業報奨金の支給について定めている。同条は、作業を奨励して受刑者の勤労意欲を高めるとともに受刑者の釈放後の当座の生活費等に充てる資金を確保すること等を通じて、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資することを目的とするものであると解されるところ、作業を行った受刑者以外の者が作業報奨金を受領したのでは、上記の目的を達することができないことは明らかである。

令和4年(許)第6号 債権差押命令申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件 裁判例 全文 より

法務省のサイトによると、作業報奨金の1人1月当たりの平均支給計算額は、令和3年度では約4,516円とのことですので、この金額をもとに単純計算すると、冒頭の記事の事件の受刑者の場合、14年服役した後に受け取る金額は76万円程です。これを元手に全く新しい生活を始める必要がありますので、その一部を服役中に支払うことを強制することを制限することは無理のない話に思います。

また同サイトによると、

国が民間企業等と作業契約を結び、受刑者の労務を提供して行った刑務作業に係る収入は、すべて国庫に帰属します。令和2年度の刑務所作業収入は、約28億円となっています。

法務省:刑務作業 より

とのことですので、受刑者の労務によって生み出された利益が犯罪被害者への損害賠償に充てられる制度にはなっていません。

以上のことから、やはり犯罪被害者が損害賠償の支払いを受けるのは非常に難しいことがわかります。このような状況を鑑みて、日本弁護士連合会は2023年3月に、犯罪被害者等補償法制定を求める意見書を国に提出しています。その内容は

①加害者に対する損害賠償請求により債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度、②加害者に対する債務名義を取得することができない犯罪被害者等への補償制度

日本弁護士連合会:犯罪被害者等補償法制定を求める意見書 「本意見書の趣旨 」より

の2つを柱とした犯罪被害者等補償法の制定の提案です。

意見書では、冒頭の記事の事件とまさに同じ構図となってしまう理由についても詳述しています。

また、債務名義を取得したにもかかわらず、加害者が長期にわたり損害賠償金を支払わなければ損害賠償請求権が時効消滅してしまうという問題がある。将来、加害者が資力を回復した時に強制執行ができるようにしておくためには、再度の訴訟提起等により時効更新措置を採る必要がある。しかし、訴訟提起には印紙代等の訴訟費用が必要であるところ、印紙代は請求額に応じて定められているので請求が高額になれば、印紙代も数十万円に及ぶ。加えて、消滅時効を更新するための訴訟手続に弁護士の支援は必要不可欠と言えるが、その費用は被害者等が自ら負担しなければならない。…(中略)…しかしながら、少なくない費用負担をしても、現実には回収困難である実情を考えれば、時効更新のための再提訴を諦めることも少なくない。

日本弁護士連合会 犯罪被害者等補償法制定を求める意見書 より

他にも犯罪被害給付制度とその課題についてや、海外の制度の事例についても書かれており、非常に内容が充実していますので興味ある方はご一読することをおすすめします。

内容は以上となります。多少なりとも誰かの参考になると嬉しいです。

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