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児玉誉士夫はKCIAによる金大中事件に関与していない

韓国情報機関の対日工作

 先般、韓国のテレビ局「MBC」のニュース・ドキュメンタリー番組「PD手帳」が、韓国政府の情報機関「国家情報院」(国情院)による日本の右翼、保守派への資金や情報の提供、接待などの対日工作の実態をスクープした。
 日頃より何かにつけ韓国を悪し様にいう日本の右翼、保守派の一部が、その裏で国情院の工作をうけていたというPD手帳のスクープは、日本国内でも驚きをもって受け止められ、反響を呼んだ。
 他方、日本の右翼、保守派は、もともと反共や親米といった点で韓国の保守政権と親しく、また今回PD手帳がスクープし明るみになった国情院による工作以前から、韓国の情報機関は様々に右翼、保守派を含めた対日工作をしていたのであり、驚くに値しないといった意見も散見された。
 具体的には、国情院の淵源である朴正煕政権時代の韓国の情報機関「韓国中央情報部」(KCIA)が昭和47年に都内のホテルから金大中を拉致した金大中事件について、児玉誉士夫や日本の暴力団組織も関与していたという事例を引き合いに、今までも日韓の不透明な関係や謀略、対日工作があったというのである。
 韓国の情報機関が各方面に工作していること、その一環として右翼、保守派を含めた対日工作が行われてきたことは否定できない。おそらくそういうことはあるのだろう。韓国の保守政権と日本の右翼、保守派に一定のパイプがあることも事実だ。児玉がそうしたパイプを有していたことも間違いない。日韓国交正常化交渉では、児玉がKCIAトップと接触し、水面下での交渉もしている。
 しかし金大中事件に児玉が関与していた、しかもKCIAと結託し拉致を実行する側として関与していたなどという事実はあるのだろうか。
 金大中事件は単純なる拉致、誘拐という犯罪行為であるばかりか、外国の政府機関が日本国内で違法行為をはたらくという立派な主権侵害事案でもある。そのようなことに児玉が関与するなどありえるのだろうか。

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金大中が拉致され多数の警察官が出動し騒然とするホテル内:産経新聞2021.2.19

児玉誉士夫の金大中事件への「関与」に根拠はない

 児玉がKCIAと結託し拉致実行犯側として金大中事件に関与したという説(児玉関与説)を唱える者は、児玉関与説の根拠をはっきりと明示しないが、おそらくその語り口から推測すると、Wikipedia「金大中事件」の項目の以下の記述(Wiki情報)をもとにしていると思われる。

韓国政府が、金大中を中傷する情報を日本の新聞社に流す役割をしていた柳川次郎(梁元錫〈ヤン・ウォンソク〉山口組系柳川組組長)も関与。日韓関連の著書が多いジャーナリスト五島隆夫によると「柳川は日本の暗黒街の他の人物と同様に、児玉誉士夫(自民党の後援者・右翼の黒幕)を通じて韓国政府と接触をとった」という。

(Wikipedia「金大中事件」)

 まず確認したいのは、Wiki情報において事件に関与していたとされるのは、児玉誉士夫ではなく、暴力団「柳川組」の柳川次郎だということである。児玉関与説の根拠となっているWiki情報においてすら、児玉はあくまで柳川と韓国政府の仲介役としてしか登場していない。
 また、そもそもWiki情報の出典が明示されておらず、実際のところ五島がこのあたりの事情をどのように述べているのか検証できず、Wiki情報の信頼性はかなり低いことも強調したい。
 確かに五島は、著書『コリア・ウォッチャー 日・米・韓地下水脈の構図』(現代の理論社)において、金大中事件と柳川や暴力団の関与について取り上げている。しかし同書において五島は、金大中事件発生直後より柳川ないし柳川組、あるいは柳川組以外の暴力団の関与といった日本人介在説がささやかれたが、それはあくまでも「ウワサ」であり明確な情報などはないと述べているのである。

 日本人介在説の一つとして、やはり事件直後からウワサされていたのが、関西の暴力団の関与説である。事件発生の八月八日の朝、金大中が拉致された九段のグランドパレス・ホテルの地下駐車場に関西の在日韓国人実業家F・Lの乗用車があったのが目撃されていることや、金大中が韓国船、『竜金号』で関西から連れ出された可能性が強いということからそのウワサが広まった。
 そしてそれが広域暴力団・山口組系の旧柳川組(元組長・柳川次郎=現魏志、韓国名・梁元錫)と一心会(会長・韓録春)ではないか──と一部ではみられていた。とりわけ、一心会の末端には、金大中を拉致したグループが名乗った「救国同盟行動隊」に似た「救国同盟」と呼ぶ組織があったとされるだけに謎を呼んだ。だが、日本人介在説、暴力団介在説について、これ以上の情報や事実はでなかった。

(『コリア・ウォッチャー 日・米・韓地下水脈の構図』現代の理論社)

 その上で五島は、柳川の事件への関与について、次のように推測し、「ウワサ」に一定程度信ぴょう性があるとする。
 すなわち金大中事件から7年後に朴正煕が暗殺され全斗煥政権が成立するが、その全斗煥も朴正煕同様に金大中を目のかたきにしていた。そうしたなかで金大中の政治的生命の抹殺を狙った日本語の怪文書が日本のマスコミに配布されるが、おそらくこれは全斗煥政権が対日工作のパイプ役であった柳川に金大中関連の資料を提供し、それをもとに怪文書が配布されたのだろう。その上で、そもそも全斗煥が金大中事件の黒幕とも推測されるところ、金大中をめぐる謀略活動に全斗煥政権と密接な関係を有する柳川が登場することは、金大中事件への全斗煥の関与と日本人介在説(柳川の関与)をあらためて意識させるものだ、と。
 こうした推測のもと、五島は韓国政府と柳川の接点は、児玉の仲介によるものであろうと推測する。

〔前略〕柳川が全斗煥政権といつの時点でチャンネルを持つに至ったのか不明だが、少なくとも[柳川が名誉会長を務める右翼団体─引用者註]亜細亜民族同盟に〔中略〕児玉誉士夫人脈がメンバーとして加わっていることから、児玉のルートを通じてコンタクトを持つようになったのではないかとみられる。
 児玉はかつて「青思会」のメンバーを組織して韓国の済州島で軍事訓練を行なったが、この訓練を受け持ったのが他ならぬブラック・ベレー(空輸特戦団)であり、この時の空輸特戦団の団長は全斗煥であった。この事実から全斗煥と児玉人脈はすでに七〇年代初頭からコンタクトをもっていたと言えよう。〔後略〕

(五島前掲書)

 このように見ていくと、五島自身、金大中事件への柳川の関与は推測として論じているに過ぎず、児玉についてもあくまで柳川と韓国政府の介在役であったのだろうと推測しているに過ぎない。

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拉致から解放された翌日にソウル市内の自宅で警察の事情聴取を受ける金大中:PRESIDENT Online 2017.11.12

金大中事件への関与を否定した柳川次郎

 実際、柳川自身が事件への関与を否定している。
 柳川は事件から7年経った昭和55年、「週刊ポスト」のインタビューに答え、上述の金大中追い落としを目的とした怪文書事件について、「怪文書を仕掛けたのはワシや」「あの怪文書は、ワシが韓国から持ってきて、日本のマスコミに渡さしたんや」と自身の関与を認め、共産主義思想を信奉する金大中の大統領就任を阻止するため、金大中の日本での言動を調査し、それを韓国政府に提供したことまで暴露しているが、金大中事件への関与を問われると、

──ところで、金大中拉致事件には、山口組系の暴力団が関与していたのではないか、という情報があるが……。
柳川 あのときは、ワシがいちばんニラまれたんや。でも、かりに、ワシが頼まれたんやったら、国外に逃がすようなことはせず、その場でイワシて(殺して)しまったやろうな。勝負は、三日や。あんな中途半端はしとらん。あのときタッチしたのは、極道やないですよ。

(「週刊ポスト」1980年9月5日号)

と答えている。
 柳川が率直に韓国政府とのパイプや金大中をめぐる工作活動に関与したことを認めていながら、金大中事件については明確に否定していることは重要なことである。
 『コリア・ウォッチャー』以外の著書や雑誌、新聞の記事などで五島が児玉関与説を論じている可能性もあるが、ひとまずWiki情報の出典が不明である以上、五島のめぼしい著書に児玉関与説が確認できないことや柳川の証言をもって、児玉関与説は否定されたというべきである。いや、より正確にいうならば児玉関与説などなかった(もともと五島自身が児玉が金大中事件に直接関与していたなどといっていない)ということがはっきりした。

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柳川次郎 暴力団引退後は柳川魏志(たかし)と名乗り、亜細亜民族同盟名誉会長となった:NEWSポストセブン2019.8.16

事件解決のため動いていた児玉誉士夫

 ただし児玉が事件に全く無関係で、何の関与もしていないわけではない。というのも、有馬哲夫『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』(文春新書)によると、当時のCIA文書に児玉が事件の善後策を中曽根康弘に授けたと記されているそうだ。
 しかし、これについては注意が必要である。じつは金大中事件の発生以降、事件解決に向け、国際興業創業者の小佐野賢治、前駐韓大使の金山政英、元首相の岸信介、丸紅社長の桧山広、NHK会長の前田義徳ら政財界の相応の人物が「密使」として韓国側と水面下の交渉をしたり、交渉に関与するなどしている[金大中氏拉致事件真相調査委員会編『全報告 金大中事件』ほるぷ出版]。
 児玉による中曽根への善後策の指南は、そうした一連の日韓の動きの中で考えるべきであり、児玉の「関与」はその種のものであった。けして児玉は、KCIAと結託し拉致実行側として金大中事件に関わったというようなことではない。
 児玉が過去、様々なダーティーな行為に手を染めていることは否定できない。だからといって外国の情報機関による日本の主権を侵害する行為に児玉が関与しているなど、根拠もないまま軽々にいっていいことではない。

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全斗煥によるクーデターと金大中逮捕への抗議から勃発した光州事件で市民に襲いかかる軍隊:imidas2020.6.30

KCIAとミリオン資料サービス

 そもそも金大中事件には、「ミリオン資料サービス」(ミリオン社)という自衛隊情報部隊と関係のある探偵社の関与が取り沙汰されており、KCIAとの関係でいえばこちらの方にこそ深い闇がある。
 事件直前の金大中にインタビューした岩波書店の雑誌『世界』編集部は、ミリオン社の関与について簡潔にまとめている。
 すなわち事件前、ミリオン社が金大中を監視していたが、実際にミリオン社の調査員として金大中の監視にあたっていたのが陸上自衛隊東部方面総監部調査隊に所属する二等陸曹の江村喜久雄であった。そして江村は、この時点で退職願こそ出していたものの、正式な退職には至っていなかった。つまり現役自衛隊員が金大中を監視していたことになるのである。
 ミリオン社の所長の坪山晃三も事件直前に陸幕二部を三等陸佐で退職したばかりの幹部自衛隊員であったが、この自衛隊情報部隊と関係の深いミリオン社を「佐藤」と名乗って訪ね、金大中の写真を示して監視を依頼したのがKCIAで駐日韓国大使館一等書記官の金東雲であり、金大中が拉致されたホテルの部屋からはその金の指紋が検出されている[岩波書店「世界」編集部『金大中氏事件の真実』岩波ブックレットNO,15]。
 金にミリオン社を紹介した人物の一人として元二等陸佐の松本重夫の名もあがるが、松本が関与した根拠ははっきりせず、評論家の山川暁夫らによる推測や推理に基づくようである(朝鮮統一問題研究会『シリーズ日韓問題5 謀略の断面 金大中事件』晩聲社)。
 五島は前掲書で柳川と松本が盟友関係にあり、先に述べた全斗煥政権を発端とする怪文書事件においても、柳川が全斗煥政権から資料を提供され、松本が怪文書を作成し配布したといわれているとも述べる。
 確かに上掲の週刊ポストのインタビューにおいて、柳川はおおむねそうした事実を認めており、それは事実なのであろうが、いずれにせよそれと児玉関与説は無関係である。柳川の口から児玉の名前はどこまでも出てこない。

 以上、巷間いわれている児玉関与説がありえないことをごくごく簡単ながら確認した。金大中事件に児玉は関与していない。少なくともKCIAと結託し、金大中の拉致を実行するような犯罪、そして重大な主権侵害事案に加担した事実は認められない。児玉関与説を流布したものは、しっかりと撤回していただきたい。
 児玉関与説を吹聴し、ことさらに「闇」を強調するのであれば、ミリオン資料サービスなど自衛隊情報部隊の関与といった事実をもっと掘り下げていくべきだ。そこには児玉関与説などより巨大で深い闇がある。
 韓国MBC「PD手帳」は、そうした自国の闇を検証し暴露した。それが韓国の民主主義とジャーナリズムの先進性を示している。私たちもやるべきは、根拠のない児玉関与説をもっともらしくいうのではなく、自国の政府機関や実力組織の闇に光をあてていくことであるはずだ。

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金大中事件が発生したホテルグランドパレス 今年6月に閉館した:BUSINESS INSIDER 2021.6.30

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昭和52年、ロッキード事件に関連し所得税法違反で起訴された公判に出廷する児玉誉士夫 健康を損なったため児玉の出廷はこの一度きりとなったが、児玉は最後まで「元気になって出廷して無罪を主張したい」といっていたという

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