見出し画像

僕よりちょっと背の高い、バイトの後輩

"はい、15番卓さん、なんこつ唐揚げと枝豆!"

「はい、ありがとうございます」

お盆に乗っけて、15番テーブルに向かう。

「お待たせしました!なんこつ唐揚げと枝豆です」

'ありがとうございま〜す'

「お済みのお皿、お下げしますね」
若い男女のグループから、空いた皿とグラスを受取る。

'あ、注文いいですか?'

「どうぞ!」

ドリンクのオーダーを取って、ハンディに打ち込む。
「ありがとうございます!少々お待ち下さい」

お盆を持って、素早くバックヤードにはける。
洗い場前に皿とグラスを置くと、

『先輩!15番さんの濃厚いちごサワーと生搾りレモンハイ!』

オーダーを送っておいたドリンクを
バイトの後輩が作ってくれていた。

「おお、天ちゃん!助かる!」

僕は後輩の天ちゃんに感謝しつつ、
テーブルまで運んだ。

再びバックヤードに戻って、洗い場の整理をしていると
ハンディの機械から、オーダーの書かれた感熱紙が何枚も出てくる。

12番 焼き鳥5種(特製濃厚ダレ)、チョレギサラダ
6番 梅酒(ソーダ割)、ハイボール、パクチーハイ
3番 生ビール(中ジョッキ)

僕は天ちゃんが取ったオーダーを瞬時に把握して
フードのオーダーをキッチン側にいる店長に口頭で伝える。
その間にサーバーからビールを注いで、
お盆に感熱紙とビールを置く。

すると天ちゃんが戻ってきたので
「3番さん、出来てるよ」
『ありがとうございます!』

『あと12番さんのパクチーハイはパクチー多めで!』

「了解!」

年末シーズンの居酒屋は多忙を極める。
ましてやこの店は、キッチンとホールが基本2人ずつしかいない。

クタクタになりながら働いていたけど
それでも、やりがいみたいなものはあって。

充実感のもとに働いていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

1日を終えると、店長さんが

"お疲れ様。これ今日のまかない。"
テーブルの上に置かれたのは、
大根おろしがのったステーキ丼。
しかもお店で一番高いメニューの和牛サーロインだ。

『え、店長いいんですか?』

"いいんだよ、いいんだよ!今日は予約のお客さんも多かったし、いつもより頑張ってくれたからさ"

これは、先輩を呼んでこなきゃ。

『せんぱーい!店長がまかない作ってくれましたよー!』

「わかった!今行く!」

着替えを終えて先輩が戻って来る。

「おー!凄い!」
「店長、ありがとうございます」

"ほら、冷めない内に食べちゃって!"

『いただきます!』
「いただきます!」

先輩と2人でまかないをいただく。
程よい脂身と赤身が混じったサーロインに
シャキシャキの青ネギが乗っかっていて
ポン酢のかかった大根おろしが良いアクセントになっている。
お肉の下には大葉が敷いてあり、一緒に食べると
よりさっぱりとして、ご飯が進みそうだ。

『うーん、美味し〜い』
思わず声が漏れてしまう。

「店長、これめちゃくちゃ美味しいですよ」
「肉に脂があるし、シャキシャキの青ネギに
ポン酢がかかった大根おろしと大葉で脂のしつこさが取れてて、
より肉の美味しさが引き立ちますね」

語彙力のない私に代わって、先輩がうまく言葉にしてくれる。

"そっか!そんなに美味いか"

「はい。値段の問題はありますけど、メニューに置いてあってもおかしくないレベルですよ!」

"ありがとう!ちょっと考えてみるわ"

そう言って、店長はキッチンの奥へ消えていった。

『先輩、食リポうまいですね』
『将来、そういうの目指したらどうですか〜?』

先輩の肩をつんつんと突きながら言ってみる。

「おい!僕なんかが出来る訳ないじゃん」

『いやいや…そんなこと言って、何年かしたら
◯◯の宝石箱やぁ!、なんて言うんでしょ?』

「いや、俺は食リポタレントか!」

ふざけて2人でケラケラ笑い合う。
やっぱり、先輩と2人で笑いあえる時間って
本当に楽しいな。

こんな時間が、もっと長く続けばいいのに。

先輩と一緒にバイトを始めてから、
いつしかそんな想いを抱くようになっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

天ちゃんとまかないを食べていると

店長が何かを持って、キッチンの奥から戻ってきた。

"なぁ、2人を見込んでお願いがあるんだけど"

「何ですか?」

"新メニュー候補の味見をしてほしくてな。
他の人の意見も聞いてみたくて"

「僕はいいですけど、天ちゃんは?」

『店長、いいですよ~』

"ありがとう、じゃあ早速"

そう言って取り出したのは2つの料理。

一つはフライドポテト、もう一つはおそらくおでん。
おでんの方は明らかに異様な色をしているが。

"じゃあ、こっちの方から味見してもらおうかな"
店長が指さしたのはおでんだ。

"メニューの名前はカレーおでん、おでん出汁にカレー粉を加えただけ"

カレー粉によって、あらゆるおでん種がターメリックイエローに染まっている。
見た目だけで言えば、相当のインパクトだ。

2人は恐る恐る、口にしてみた。

おでんの味に、カレー粉のスパイスがいい塩梅に効いている。
鼻に抜ける香りは完全にカレーだが、からし程辛さがキツくないので、とても食べやすい。

天ちゃんの顔を見ると、目を見開きつつも
納得したような表情を見せている。
僕と同じ意見である風は明らかだった。

「いいですよ、これ。特にスパイスがいいですね」
「おでんといえば、からしですけど、辛さがあんまりないから、凄く食べやすいです。」

"あぁそうか、良かったぁ…正直自信が無かったんでね…"

"じゃあ次のも食べてもらおうかな"
"これは、トリュフ塩ポテト。ポテトにトリュフ塩をかけただけ"

ポテトを食べる。
鼻に抜ける香りはトリュフそのものだが、
塩味がしっかりとしているので、思った以上にトリュフの印象が薄い。
個人的には悪くないと感じた。

が、天ちゃんを見ると、言葉こそ発さないけれど
何かを飲み込もうとしていて。
おそらくトリュフの匂いが苦手か、塩味が強すぎるのだろう。

僕は思わず、こう言った。

「悪くはないんですが、トリュフそのものの印象が薄いですね。塩味が強すぎるので。」
「あと、トリュフが苦手な人は辛いと思いますね。特にポテトは複数人でシェアしますし、意外と敬遠する人が多いんじゃないかと…」

"そっか…正直な意見をありがとう。凄く参考になったよ"

「いえ、生意気に意見してすいません」

"いや、正直にちゃんと言ってくれないと、こういうのは伝わらないからね。"
"気持ちもそうだけど、相手のことをわかっているようで、
実は全くわかってないなんてことは、人生ザラにあるからね"

"とにかく今日はありがとう。もう遅いからさっさと帰って、早く寝なね"

「ありがとうございます、お先です」
『お疲れ様で〜す』

2人でお店を出た。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「うーん!今日は疲れたぁ」
『疲れましたねぇ』

背伸びをして、2人並んで帰り道を歩く。

2人を照らす白い街灯は、同じくらいの影を作って
僕たちが歩き続ける度に、形を変える。

「そう言えばさ、天ちゃんが前言ってたあの子、
その後どうなったの?」

『あー、優ちゃんですか?』
『結構イイ感じみたいですよ』

「そっか、ちょっと気になってたからさ」

『え?狙ってたんですか?』

「違う違う!天ちゃんがあんな含みをもたせた言い方をするから、その後が気になってたんだよ」

『へぇ〜』

いかにも、怪しんでいると言った感じを出してくるが
こっちもそのノリにいちいち返すのが面倒なので、そのままにする。

すると天ちゃんが

『先輩、今日はありがとうございました』

「ん?何が?」

『私が試食した時、代わりに全部言ってくれたから』

「いや、前から感づいてはいたんだけど、あの時思ったんだよね。」

「天ちゃんは、自分の意見が言いづらいタイプなんだね。」
「大丈夫。僕が代わりにいくらでも言ってあげるから」

『じゃあ、私の気持ちもわかってくれてますよね』

「ん?どういうこと?」

『じゃあ、先輩は私の気持ちをわかってないですね。』

『私は先輩のことが、こんなに好きだって言うのに』

その言葉の真意を聞き出す前に、
天ちゃんは僕に抱きついてきた。

僕より少し背の高い後輩は
自分の意見が言いづらいタイプなんかじゃない。
それを行動で表してくれるタイプなんだ。

僕らを照らす、温かなオレンジ色の街灯は
1つになった綺麗な影を作っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?