開閉

 タバコ吸える喫茶店に行って音楽を聴きタバコ吹かしながらコーラを飲んでいた。ジッポのかちゃかちゃという開閉音がシティポップのコードを無視して私の鼓膜の中に入って来た。右奥の席で自分より5個くらい下の男がジッポを片手に相方と話していた。驚いた。ジッポの開閉音なんて何年ぶりに聴いただろう。音楽を停めて虚空を眺めてみる。

 私がタバコを吸い始めた理由は男の影響とか憧れではなくてただ大人になりたかっただけである。ただ、それだけ。男の唇よりもタバコのフィルターに口づけが早かった。喫煙者になってから一夜限りだとか体だけの関係だとかそういうのが増えていった。喫煙者と寝たこともあったし寝た男が吸ってるタバコをおねだりして間接キッスしてみたりなんかもした。
 そんな日々が一年くらい続いたときだった。私のことを物凄く好いてくれる男がいた。最初は体の関係からだった。ベッドにいざなう時もキスのタイミングも仕草がとても紳士的で彼とのセックスは格別だった。告白されて付き合ってみたけどなんか違かった。私は彼のことを愛せないな、でも私のことを物凄く好いてくれるからなんとなく付き合ってやるか。終始そんな感じだった。彼はジッポ使いでよく技を見せてくれた。「この火の付け方が一番早いんだよね」手際が良かった。何回か貸してもらって真似をしてみたけど私は不器用なのでジッポを落としたり火がつけられなかったりした。それを彼は隣で微笑んでくれた。
 2ヶ月弱で別れてしまって今では何とも思ってない。別れ際、私のことを諦めさせたくて酷いことを言った気がする。ごめんね。なんだかんだで楽しかったよ。

 そんな思い出を煙とともにふかしていたんだ。でもね、今思うことを言うよ。それでもジッポのかちゃかちゃ開閉音がうるさくてしょうがなかった。瓶のコカコーラなんてこの世に現存するコークの中で一番美味いと自負している私でも不味く感じるくらいうるさいとても。私は店を出た。「あと、30分は店内に入れたんだけどな」それ以来、ジッポ使いは街で見なくなった。次に会った時思い出すのは元彼ではなくてしょうもないかちゃかちゃ野郎を思い出すんだろうな。

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