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例の感染症騒ぎによる「白痴化」のすすむ今、まさに必要な〜武器としての決断思考

本稿は、2020年8月18日に投稿したもののリライト。

故 瀧本哲史氏の『武器としての決断思考』。

本書は「ディベート」をテーマに、論理的な思考とはどういうものかについて書かれている。

その「論理的」な思考からみちびかれる決断を大事にしよう、活用しようと。

例の馬鹿げた感染症騒ぎ(その対策等)をはじめとする、植え付けられた恐怖で支配されている「今」、それに感情、脊髄反射(もしくは黙従、盲従)しているひとがいまだに多数派な「今」において、まさに必要なこと。

不織布マスクの隙間とウイルスの大きさ比較

瀧本氏は大学の部活でディベートをやっていたり、全日本ディベート連盟代表理事(元)をつとめていたりもして、とてもくわしい。

一部、とくにわかりやすく、そして重要なところを引用すると

いろいろな意見があってよくわからないから、とりあえずそのままにしておこう」と問題を先送りすることがありますが、実は情報をコントロールするような人はそれが狙いだったりします
(中略)
賛成の意見と反対の意見を適当にばらまいて、議論の収拾をつかなくし、現状を存続させる方向にもっていくのは、情報コントロールの基本中の基本になります。

武器としての決断思考
瀧本哲史

とはいえ、ディベート、論理的思考なんて面倒くさそう、大変そう、苦手だなぁってひとも少なくない。

ウイルスの残存期間

ま、そうして自分の頭で考えることを放棄するから、一方的に恐怖を植え付けられたり、そのうえで踊らされたり(テレビは最高の洗脳装置)するわけだけど。

そんなひとは(自戒を込めて)

・6時間目 武器としての「情報収集術」
・7時間目「決断する」ということ

だけでも読むといい(本書は「講義」の形をとっているので章ごとに「○時間目」となっている)。

もひとつ引用。

なんらかの絶対解や真実を求めようとすることは、「誰かの決めた正解」や、すでに役割を終えた「古い意思決定」に頼ってしまうという、もっとも危険な考え方、そして生き方につながります。

《武器としての決断思考》
瀧本哲史

これらふたつの章を読むだけでも、例の感染症(騒動)関係の誤情報(恣意的、作為的なものはもちろん、それ以外も)に踊らされたり、溺れることを避けて、目を「啓く(ひらく)」機会になる。

最近は大橋氏、ぜんぜん見かけないなぁ。

氏の言っていることを両手(もろて)を挙げて(盲目的に)信じてはいないけど、当時はずいぶんと目を啓かせてくれる機会になったので、感謝している。

過剰な除菌、殺菌を生活習慣に「これまた盲目的に、妄信的に」取り入れているひとは、以下を読むといい。

失ったもの(共生微生物たちとの関係)はそう簡単には取り返せず、また、失ったことのあまりの大きさを知るには最適な好著。

ヒト単体(自分だけ)で生きていると思い込んでいることの傲慢さ。

遺伝子レベルでみれば9割以上が「自分」以外の共生微生物(ウイルス含む)によって構成され、そしてそれらによって生かされているという事実。

釈迦は2600年前に「縁起」でこれを喝破していた。

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