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自分を生かせる場があるって幸せですね

第一子として生まれた私は、3人兄弟の長女です。例に漏れなく幼少の頃から、お姉ちゃんなんだから・・・と我慢を強いられてきて、自分の生まれた環境を憎んだり、悔やんだりもしました。あくまでも私の場合ですけどね。

皆で遊んでいてモノを壊したら、皆で叱られるけど年長者が、最後まで片付けをする・・・みたいな(笑

そんなときの自分を癒やす方法として、自分の理想とする家族構成や、環境を妄想して現実逃避していたものです(笑。

そんな環境で育つと、無意識で備え付けられるのが「責任感」というもので、専門的に言うと違うかもしれないけど、少なくとも私には、責任感というモノが標準装備されてしまったようです。

この責任感というモノは、使い方を知らなかったり、間違った使い方をするととても生きづらいのですが、仕事をするうえでは、とても助かっています。

仕事の取り組みは父と一緒に仕事してきた二十数年間に、たたき込まれてきているのですが、父の指示の出し方は「これ、やっといてくれ」です。

「えっ?」となることが大半です。状況の把握から始まり、ゴールはどこか?を確認しながらの仕事になるので、めちゃくちゃ体力が消耗し、神経が研ぎ澄まされてきます。

これ、やっといてくれ!で始まる仕事ですが完成度が不十分だったら、ネチネチと小言を言われるので、初めの頃は出来ない自分に落ち込み、指示の出し方が悪い!など父の文句を言っていました。回数を重ねるごとに要領を覚え、父の満足を得るようになると、頼まれた仕事にプラスαをすることを考え始めました。

「これ、やっといてくれ!」だけの指示で、仕事が成り立っていたのは何故か?

親子故の阿吽の呼吸もあるかもしれませんが、父の信じるチカラと、私の責任感があったからなんだと思います。

邪魔だった責任感も、使い方や生かせる場所があれば、十分に発揮し生かせることが出来ました。生かせる場が出来たからこそ、初めて責任感があって良かったと思えました。


そんな私は今日も「これ、やっといて!」と指示を出しています(笑     

きっと皆、私と同じ様に思いながら、取組んでくれているのだと思います。これ、やっといてね!と指示が出せるのは、私がその人を信じているからです。