夏の夕暮れの独り言

 いても立ってもいられなくなった私は、散歩に出ることにした。今日は午前中から体を動かしたので、本当は今晩に備えて体力を温存したいところだ。しかし、このまま家に閉じこもっていてはメンタル的にマイナスな予感がした。あと単純に、お腹が空く気配がなかったので少し動きたかったという話もある。もう成長期はとうの昔にすぎさってしまった。

 去年の今頃はどうしていただろうか。そんなことを考えながら、歩く。できるだけ通ったことのない道を選びながら歩を進めるが、なにせ住んで9年目になる街である。近所に知らないところなど残されていない。ふと、視界に公園が入ってきた。こんなところに公園なんてあったっけ、と呟いてみる。ある。もちろんそんなことは知っていたが、なんとなく新鮮味を演出したくなったのだ。
 
 もっとも、それは全くの嘘というわけではなかった。たしかにそこに公園があることは知っていた。が、それはあるのを見ればそう言えばあったなという程度のものであって、そこに意識を向けたことは一度もなかった。滅多に通らない道の、そのそばにあるというだけ。金網には「球技禁止」の文字がでかでかと踊っている。それが子供一人いない無人の静けさと何ともミスマッチなような、けど夏の夕方としては正しいような、不思議な気分になった。

 公園に足を踏み入れる。明らかに自分がいるべき場所ではない、そんな背徳感のようなものを覚える。石のベンチに座り、空っぽの公園を眺める。蝉の声だけが響く。本来ならば、子供たちの声で満ちているのだろうか。実家の近くの公園で蝉取りをした日のことを思い出した。あたりを見回せば、アパートや住宅に囲まれている。きっとここで生まれ育った人々の暮らしがあるに違いない。

 ふと、異物感に気づいた。私の座るベンチの、そのちょうど対角線に置かれたベンチの上に、なにやら不相応なものが見える。腰を上げ、公園を横断する。そこには、空っぽになった缶チューハイとじゃがりこがあった。ベンチの足元には、十数本はあろうかというタバコの吸い殻が散乱している。誰かがここでたむろしていたに違いない。金網に貼られるべきは「飲酒禁止」「喫煙禁止」の方じゃないか、と言いたくなる。子供の遊び場に相応しいのはまだボールの方だろう。

 虚空に向かって呟くのに飽きた私は、スマホのメモ帳を取り出して今思ったことを書き連ねることにした。誰もいない公園で、ベンチに座り一人黙々とスマホを操作する成人男性。夏の夕暮れ。今もっともこの場に相応しくないのは私だろう。背徳感は異物感へと変わり、私の重い腰を上げさせた。

 もう時間だ。帰ろう。今晩は対局だ。

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