【感想】映画『ブレイブハート』を観て

 休肝日には映画を観よう第二弾となる今回はメルギブソン主演・監督の映画「ブレイブハート」である。この映画はずっと見たいと思っていたが、なにせ3時間もある超大作なのでなかなか手が出なかった。せっかくなのでこの企画に託けて観てしまおうというわけである。「ブレイブハート」は1996年にアカデミー賞を受賞した名作である(ちなみにその年の次点は「アポロ13」であった)。

 本作は事実をもとにした歴史映画であり、スコットランドの英雄ウィリアム・ウォレスの人生を描いた作品となる。ウォレスの話をするときは大抵「ブレイブハートで有名な」という枕詞が付くようになったくらい彼の知名度を押し上げた映画だと言えよう。ただ私はこの映画よりも先にウィリアム・ウォレスの方を知っていた。これは私が本作をずっと見たいと思っていた理由でもあるのだが、私はスコットランドに住んでいたことがあるからである。その大半は物心つく前の話になるが、計三年ほど、小学生の間だけでも半年ほどは住んだ。そんなわけで、私にとってスコットランドは第二の故郷ともいうべき愛着のある土地なのであり、その英雄ウィリアム・ウォレスにも深い愛着があるのである。ちなみにウォレスの銅像や記念碑はそこら中にあるので割とポピュラーだ。

 本作の感想を述べる前に、史実としてウォレスがどのような人物だったのか、時代背景とともに確認しておこう。13世紀末、スコットランドは王位継承問題のゴタゴタに付け込まれてイングランド王エドワード一世による介入を許し、その支配下に入っていた。そんな中スコットランドの独立を目指して立ち上がったのがウィリアム・ウォレスであり、彼は指導者として史上初めて民衆レベルでスコットランドのナショナリズムや愛国心を発揚させたのである。彼はスターリングブリッジの戦いでイングランド軍を破ると英雄としてスコットランドを率いていくことになるが、フォルカークの戦いで敗北して以降勢力を落とし、最後には裏切られてイングランドに引き渡され処刑されてしまう。その後スコットランドは再びイングランドの支配下に置かれるが、やがて第二の英雄ロバート・ザ・ブルースがスコットランドを束ね、バノックバーンの戦いでの勝利を経て独立を果たすことになる。映画「ブレイブハート」は、この過程を描いたものである。今日のようにスコットランドとイングランドが合同するのは、それから400年たった1707年のことだ。

 内容を見ていこう。まず序盤は割とずっとグロい。いきなりおびただしい数の死体が吊り下げられた納屋からシーンが始まるし、しばらくたつとウィリアムの父マルコム(スコットランド史ではポピュラーな名前だが史実ではアランだったらしい)の死体と対面することになる。まぁこの辺はイングランドによる支配がいかに残酷なものだったのかを示す前フリの段階なので仕方ないのだが、意外と見ていてきついかもしれない。夢に死んだ父が出てきて残した言葉「お前の心は自由だ、勇気をもってその心に従え」は、本作のタイトル回収の部分であり、ウォレスの行動原理ともなる。

 エドワード一世が思いついたイングランド貴族に初夜権を認める条件でスコットランドに転封することによってスコットランド支配と民族浄化を同時に達成しようと提案したのには痺れた。史実ではないらしいが、どうしたらこんな悪魔的発想ができるのか。初夜権が何なのかは胸糞悪くて説明したくないので興味がある人は調べてください。なんとなく字面で分かるとか言わない。

 ウォレスの秘密裏の妻ミューロンがイングランド兵にレイプされそうになったことがきっかけで物語が大きく動き出すのには象徴的な意味がある。第一に異民族支配(ここではケルトとかアングロサクソンとかそういうエスニシティの話をしているのではなくナショナリティの話をしている)および軍事支配が常に女性への暴力として発露する側面を持つこと。これは初夜権の話からも伺える話である。第二に、それが逆に抵抗運動を巻き起こす一つの原動力となる側面があること。ミューロンを守るためにウォレスが立ち上がったのを皮切りに暴動が発生し、ウォレスたちはイングランドに対する抵抗の戦争を始めることとなった。この事件こそが英雄ウィリアム・ウォレスを生んだのである。第三に、そうした肯定的評価がなされ得る裏で、必ず相変わらず女性は犠牲になり続けるということである。ミューロンは結局殺されてしまう。

 スターリングブリッジの戦いとフォルカークの戦いの描写には不満もある。史実のスターリングブリッジの戦いでは川を挟んで布陣したためにイングランド自慢の長弓兵が封じられてしまい、隘路での渡河を敢行したイングランド騎兵がスコットランド軍のシルトロン隊形の前に敗れるという展開のはずだ。スコットランド軍唯一の自慢であるシルトロンの強さを表現するのは成功していたが、予算か演出かの都合上戦地を平野にしてしまったのはどうにかならなったのか。長弓兵の攻撃を盾で耐えるだけという描写は作戦でも何でもないじゃないかよと思ってしまう。戦史的に言えば、この敗戦からイングランド軍は騎兵と弓兵を効果的に組み合わせることが重要なのだということを学習し、それがフォルカークの戦いにおけるイングランド軍の勝利に、さらに言えば百年戦争初期におけるイングランド軍の快進撃につながるのである。ここを改変したためにフォルカークの戦いにおいてウォレスが敗れたのもスコットランド貴族の裏切りだけが原因になってしまった。まぁそここそ描きたい部分だというのは理解できるが、戦史的には不満でもある。

 物語を通してスコットランド貴族はずっと悪役であるが、これはほぼ事実なので仕方がない。この連中はいつでも自分のためなら平気で国を売るやつらで、1707年に合同法が成立してスコットランドがイングランドに事実上吸収されるときも殆ど貴族が金で売ったようなものなのだ。むしろ本作においてはスコットランドの悪いところをしっかり描き出してくれたともいえる。もっとも、被支配地域において有力者が支配者の顔色をうかがいながらその統治に共犯的に加担するというのは世界中歴史上広範に見られる現象で、べつにスコットランドに限った話ではないが。

 そういう意味でも、本作におけるロバート・ザ・ブルースの描き方は興味深い。やはりのちに独立を果たすことになる第二の英雄を悪く描くことは難しかったようで、基本的には一貫してウォレスに対して好意的に描かれている。史実でいえば彼も他の貴族と変わらずのらりくらりとしていたし、何ならのちに教会で政敵を殺して教皇から破門されるようなとんでもない奴なのだが、その辺はみなかったことにしよう良いね?って感じである。代わりにと言っては何だが彼の父親にブルースのダークサイドをすべて塗り付けてしまったような感じだ。まぁ映画だと思えば仕方ないのだろう。ただずっと良い奴でいくのかと思ったらフォルカークの戦いでイングランド側で参戦してウォレスを絶望に叩き落したのは非常に良かった。結局改心してやっぱり良い奴みたいな演出で物語は進んでいくのだが、一回でも裏切り者になったというのは描写として重要だ。ただ善良なだけの男ではなく、彼もまた貴族であり王なのである。

 仲間キャラであるハミッシュとスティーブンは非常にいいキャラをしている。さすがに実在しないだろうが、だからこそフィクションのキャラクターとして非常に高い出来栄えだ。物語を面白くするために重要だったと思う。それにしても本作のメインの一つはウォレスとイングランド王太子妃イザベラの恋模様なのだが、この恋愛要素要るのか?どこに需要があったんだろう。わかりません。ローランド人のくせにハイランダーみたいなタータンやキルトを着用してたり、古代ピクト人の風習であるフェイスペイントをしてたり、史実と異なる点は他にもあるがこれらに関しては見栄えがいいし画面の構成に迫力が出るのでヨシ!である。ノンフィクションドキュメンタリーじゃなくて史実をもとにしたフィクションなのだから当然の話だ。何よりカッコいいし。

 私はスコットランド人ではないが、見ているとやはり何やら熱いものがこみあげてくる気がした。本作は現在に至るまでのスコットランド独立運動に大きな影響を与えたと言われるが、当然の話といえるだろう。ただしこの映画のせいで独立運動が盛んになったという理解は誤りであろう。この映画を受け入れる社会的素地が出来上がっていたからこそ本作は制作されたのであり大ヒットしたのである。自由を!と叫んで死んだウォレスの意志はかの地に根付き続けているのであろう。おそらく、私の中にも。

 皆さんのおすすめの映画も教えてください。それにしてもまたスコットランドいきてーなぁー…。

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