今週の小話#15


グレースケール

 先日ラジオを聞いていた時のことである。パーソナリティが、スマホを使う時間が長いので減らすためにグレースケールにした、という話をしていた。グレースケール?知らない言葉だ。

 ダークテーマは聞いたことがある。画面を白基調から黒基調に変更することだ。目への負担が減ると聞いて一度試してみたことがあるが、違和感が強すぎて不快になりすぐにやめてしまった。初めは同じものかと思っていたが、どうやら違うらしい。ダークモードは明度は下がるものの色相は鮮やかなままであるが、グレースケールは明度そのままで彩度を0にすることらしい。要するにモノクロである。

 私は別にスマホの使用時間を減らしたいとはあまり思ってないのだが、そのような機能があるなら触ってみたいと思い設定してみた。パーソナリティが言うように、確かにスマホがつまらなくなる。これは弄る時間が減りそうだ。別に減らしたいわけではないが、減るならそれに越したことはない。ただ、一つ問題がある。それは、動画を見る時もモノクロになってしまうということである。だが、実はこれは大した問題ではない。

 私は去年の頭にスマホを買い替えたのだが、実は先代のスマホもまだ持っている。電話回線は繋がらないが、Wi-Fiさえあれば問題なく使える。要するにiPodTouchである。私は通信量が少ない契約をしているので、どうせ出先で動画は見ない。家で見る分には、先代スマホでもPCでもいい。今のスマホで動画は見ないのである。したがって、動画を見るときにつならないというのは大した問題ではないのである。

 最近は、家で動画を見るときも先代スマホではなく今のスマホを使う機会が少しずつ増えていた。やはり先代は老兵らしく充電の減りが速いため、動画を見たいときに残り10%みたいなことが多いからである。グレースケールは、失われつつあった役割分担を再度確立する上で役立つだろう。

 グレースケールを導入する理由の後付けに成功したところで、そろそろ筆をおくとしよう。グレースケールを初めて一週間ほどになるが、使い心地に関しては明言しない。白黒つけなくていいことも沢山あるのである。

靴に謎の白き

 先日、街を歩いていた時のことである。雨が降っていたので傘をさしていたのだが、足元までは完全に覆うことが出来ずわずかに濡れを感じていた。しばらく歩いて、私は気づいた。

 靴に、何かが付いている。

 白いそれは、一見すると雪に見えた。だが、雪が降るほど冷え込んではいない。今は雨だ。カビかキノコかのようにも見えたが、家を出るとき位はこんなものはなかったはずだ。たかだか十数分で生えてくるものか。

 足を止めて、拭ってみる。白いそれの正体は、泡であった。泡。なぜ?分からない。不可解に感じながらも、指に残った泡をその辺の電柱にこすりつけ再び歩き始めた。

 しばらく歩みを進めると、私は気づいた。また、靴に泡が付いている。また!?…

 このとき、私は思い出した。数週前、作業中に誤って洗剤をこぼしてしまったことを。それが靴に掛かってしまっていたことを。なんのことはない、謎の泡の正体は過去の自分の置き土産だったのだ。当時の私は拭き取るだけで処理した気になっていたが、それはただ乾いてだけだったのだ。雨に濡れ、歩みの揺れに攪ぜられ、白い泡となって再び立ち現れたのだ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。白泡の正体見たり以前の洗剤。答えが分かればなんともくだらないものであるが、こういう日常の謎を解くのは楽しいものである。

おばあちゃん元気?

 先日、久しぶりに会った友人と話していた時のことである。

「おばあちゃん元気?」

 彼は私にそう聞いてきた。彼は私と会うたびにそう聞く。おそらく間を繋ぐ質問として聞きやすいのだろう。ここでいうおばあちゃんとは、私の母方の祖母のことである。私は両親が共働きだったこともあり、子供の頃はよく祖父母宅に預けられていた。学校のイベント事にも、親の代わりによく来ていたのである。さらに言えば祖母は信じられないくらいコミュ強なので、他の親御さんとも一瞬で仲良くなりひたすらしゃべり倒していた。親のみならず、私の友人たちともよくしゃべっていた。彼もそのころのイメージを持っているから私に聞いてくるのだろう。

 先の質問に対する私の回答は、「元気だよ」と答えるのが正しい。現在すでに80を超えているが、当時と変わらずパワフルな人物である。超元気。だが、私はこの質問に対し一口では応えられないのだ。いつも。

 5年前、父方の祖母が死んだ。幸運にも私は死に目に立ち会うことが出来たが、それでも、いやだからこそというべきか、ショックは大きい。それは私にとって、祖父母を喪う初めての経験であった。人が死ぬ瞬間を見た初めての経験であった。温もりが失われる過程をこの手が覚えている。彼女は母方の祖母のように、親代わりに世話をしてくれたわけでもなければ、よく学校に来ていたわけでもない。だが、私からすれば変わらず大好きだった祖母である。

「お前が思っている方は元気だよ」

 私はいつもそう返す。こんな返し方しなくていい。わざわざ、お前の知らない方の祖母は元気じゃない、なんて情報を彼に伝えなくていい。彼は私の父方の祖母を知らないのだ。だが、「おばあちゃん元気?」「元気だよ」は、どうしても嘘をついているような気がしてしまうのである。もう少し器用に生きられれば、もう少し生きやすかっただろうか。

 残る祖父母は三人、みな健在である。いつまでも元気でいてほしい。その日が、出来るだけ遠からんことを。

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