今週の小話#9

ペトリコール

 先日初めてペトリコールという言葉を知った。いわゆる”雨の匂い”のことである。雨が降った後地面から沸き立ってくるあの香りのことだ。アレにそんなオシャレな名前がついていたとは。どうやらギリシャ語で”石のエッセンス”という意味らしい。それもオシャレ。意味はよく分からんけど。それはそうと、ギリシャ語ということなので共通の語源を持つ言葉を知っていてもおかしくない。ペトリコール、石のエッセンス、ペトリコール、石のエッセンス……、

 ペトロでは?

 12使徒の一人にして初代ローマ教皇でおなじみ、漁師兄弟の兄の方ペトロはたしか岩という意味だったはずだ。調べてみるとやはり同じ語源を持っていた。こういうところで新たに得た知識と元々持っていた知識がリンクすると気持ちよくなれるものである。

オイコスヨーグルト

 先日買い物をしているとある商品が目に留まった。オイコスヨーグルトである。高タンパクだとか低脂質だとか美辞麗句が並ぶが中身はどうでもいい。問題は名前である。オイコス?

 オイコスといえばギリシャ語で家を意味する言葉だ。古代ギリシャ哲学の文脈では家政という訳を充てられることが多いように思われる。すなわち、公共空間としてのポリスに対して、私的空間としてのオイコスである。前者が市民権を持つ成人男性のみで構成される空間なのに対し、後者は彼を頂点としながら女性・子供・奴隷を含む空間である。政治の領域であるポリスは開かれた秩序でありその意思決定が社会全体を隅々まで統治することは出来ないのに対し、家政の領域たるオイコスはその範囲を完全にコントロールすることができる閉じた小さな秩序として想起される。それがオイコスである。ヨーグルトと何の関係が?

 答えは公式HPに書いてあった。「オイコスは、ギリシャ語で『家』を意味することから各家庭・個人に末永く身近に感じてもらえるよう、そして、昨日の自分を少しでも追い越すこと・パフォーマンスを向上させることを楽しみとする、スポーツをするすべての人々を応援するべく、自分を『追い越す』という日本語の意味と重ねています」

 ......。全く納得感がないが私が深読みしすぎただけだったということで飲み込むしかなさそうである。

反撃の狼煙

 先日、本をパラパラと読み飛ばしながら眺めていた時の話である。

 そういう時は何か調べたいことが念頭にあって、いわばキーワード検索のように読んでいるものであろう。ほしい情報が見つかると自動で手が止まり、目も止まり、その個所を読む。結局ほしい情報が書いていないこともしばしばだ。また、”何か調べたいこと”は無意識な場合も多い。そのキーワードに関心があったとは自分でも気づいておらず、手が止まってから初めて自覚するパターンである。あるいは、そんな大仰に構えた言い方をする必要はなく、本当にただ何となく気になっただけなのかもしれない。

 さて、話を戻すと、私は眺めていた本をめくるのをやめた。”反撃”というキーワードを認識したからである。なぜ私の脳がこのワードをキーとして捉えたのかは全く分からないが、今回大事な点はそこではない。手が止まったページをいくら探しても、”反撃”というワードはなかったのである。おかしい。私の勘違いか?

 結局真相は分からないが、仮説はある。そのページには”狼煙”というワードはあった。おそらく私の脳は、狼煙という言葉を使うのは反撃の狼煙という表現だけなのだと早合点し、目に入った情報は狼煙であったにもかかわらず私の意識下には反撃として情報を送ったのではなかろうか。脳の無意識下での情報処理はすごいものだと思わされた。

風の読み

 先日街を散歩していたとき、ある人名が目に留まった。その人の名前は、風と書いて”そよ”と読むものだったのである。風梨(そより)みたいな感じ。おそらくそよ風から持ってきたイメージで名づけられたのであろう。

 いや、そよは戦ですぞ

 戦ぐという揺れてなびいて微かに音を立てるみたいな意味の動詞があって、そういう動作を引き送すような風がそよ風なわけであって、”そよ”それ自体は風じゃないのでは?

 とまぁこんなことを考えた私は、週一の生配信でネタにしてやろうとスマホにメモっておいたのだった。だが、よく考えると私のこのような行動はあまりにも下品ではないか。相手は人の子、親が込めた思いもあるだろう。こんな突っ込みなんて百も承知でつけたのかもしれない。そもそも人の名前を笑いにしようとはなんと浅ましい行いであることか。そう改心した私はこのエピソードを話す場を失い、ここでこうして供養することにしたのであった。

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