今週の小話#14


モスキート音

 私の家の近所、よく通る動線上に、一軒の民家がある。私が今の家に越してきたとき、つまり大学に入学した18の時、この家の前を通った時に気づいたことがあった。玄関の前を通るたび、甲高い不快な音が聞こえてくるのである。モスキート音だ。あまり騒がしい土地柄でもないが、大学が近いこともあり、若者が屯うこともあったのだろうか。だが、この道はよく通る道だ。いちいち気にしてはいられない。数か月もすれば全くに気にしなくなり、音は意識の外へ消えていった。

 それから早十年弱。私は相変わらずその家の前をよく通っていた。だが、ふとした瞬間に気づいたのである。

 音が、聞こえない。

 それは意識の外にあるのではない。私の耳の中にはなかったのである。

 きっと、この家の人がモスキート音の設置をやめたのであろう。私はそう思うことにした。

一般人かよ

 先日友人と飲みに行った時のことである。確か最後にあったのは去年のはずなので、ずいぶん久しぶりの再会となった。もっとも、この年になると何年もあっていない友人の方が多いのだが。彼が私に聞いた。

「ところでお前、今期のアニメは何見てるの?」

 彼はオタク仲間でもあったのでこのような質問が来るのは自然だ。

「あー、今期はねぇ、SPY×FAMILYとフリーレン」

 私がそう答えると彼は即座に突っ込んだ。

「いやお前一般人かよ」
「ほんまそうやねん」

 気おされて一瞬認めてしまった私だが、すぐに態勢を立て直して反撃する。

「いや違うって。やっと一般人がこのレベルまで上がってきたんだよ」

 結局その後会話はうやむやになった。だが、後から思い出すと互いになかなか面白いことを言っているなと思った。我々世代の人間は、たしかにオタク/パンピーという二分法のもと、我々は前者に属しており、後者とは別の人種であるという世界観で生きていたはずだ。最近はいつの間にやらそんな雰囲気も失せてきているが、私と友人は、あの一瞬のやり取りの間でやはりこの世界観の下で自他を区別していたのだ。染みついたものは変わらないというべきか。もしかすると、このような世界観を持つのも我々世代が最後なのかもしれない。

 ところで、実は私は今期は先の二作以外に盾の勇者も見ている。なぜ私はそれを言い出せなかったのであろうか。馬鹿にされる相手でも作品でもあるまいに。謎は深まるばかりである。

無人販売所

 先日普段あまり通らない道を散歩をしていると、無人販売所を見かけた。もちろん、そう大層なものでは無い。テーブル上に野菜が並べられ、貯金箱状に蓋がくりぬかれたタッパーが置いてあるだけである。こうした業態はたまに見かけるが、そこでなにかを買おうと思ったことはなかった。だが、今回は違った。

 赤かぶまびき ¥50

 この表記が目を引いたからである。まず第一に、私はこれが50円は安すぎると思った。それは触った感じ150~200gはあった。だとすればグラム当たりの値段はキャベツ並みの水準であり、もやしに次ぐコスパだと言って良い。農村に住んでいるわけでもない私にとって、この手の販売形式ではみたことない値段だ。

 第二に、赤かぶまびきとは何ぞや?と思った。聞いたことのない野菜である。スマホで調べると、おそらくカブを栽培していて、その途中で間引いた若葉を売っているという感じだろうか。だとすれば普通においしく食べられそうだ。

 とりあえず一個買ってみようと思って財布を見ると、あいにく50円玉がない。支払い箱にあったらおつりとして拝借しようかしらと思って覗いたが、そこにもない。仕方なく100円で二つ買った。まぁ、安いし良いだろう。

 適当に野菜炒めにしたが、まぁ悪くなかった。研究のし甲斐もありそうだと感じたが、そうそう買うこともないだろうし難しいかもしれない。無人販売所で買い物をしたのはこれが初めてだ。面白い出会いもあるものだなと思った。


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