今週の小話#18


近所の小川

 我が家の裏手には木立があり、小さな川に橋が架かっている。街の気配は木々に阻まれ、橋から川を見下ろせばちょっとした自然を感じることが出来るようになっていた。そこは私にとってお気に入りの散歩コースの一つだった。

 そうでありながら、最近は中々足を運べずにあった。位置的にそこに行く以外に何も用事がない道であり、そこに行くためだけに行かなければいかないような場所だったからである。最近は多忙だったのもあろうか。川の下流の様子からして、なにやら工事をしているらしいということは伺えたが、それ以上のことは何も知らなかった。

 先日、久しぶりに小川に向かった。橋から川を見下ろすと、私は異変に気付いた。三面護岸がされていたのである。いや、きっと仕方のないことなのだろう。そもそも、もともと二面護岸だった川だ。自然というには程遠かった。だが、真新しいコンクリートが川底に見えると、そこに何かが失われてしまったことを感じずにはいられない。

 一つため息をつくと、私は家路についた。もう一度あそこを訪れる日があるのかは定かではない。


レインコート

 私はその日の天気に関わらず、つねに折りたたみ傘を持ち歩くようにしている。必要な時にだけ持っていこう、という心持でいると、結局必要な時に忘れてしまうのである。先日出先で雨に降られた私は、カバンに傘を探した。……忘れた。

 しばらくは雨に打たれながら歩いていたが、やがてそんなことをしていられないほど雨が強くなった。アーケードの陰に身を寄せながら、途方に暮れる。コンビニで傘を買おうとも思ったが、そんな悔しいことは出来ない。こんな雑魚そうな傘に800円とか払ってられるか。普段から傘を持ち歩いているのが馬鹿みたいではないか。

 絶望の淵で、私は新たな可能性を見つけ出した。道路の斜向かいに、100円ショップがある。もしかしたら、使い捨てみたいな傘が売っていやしないだろうか?

 結論から言えば、傘は売っていなかった。まぁそんなもんだろう。あれけっこう複雑な機構だもんな。100円で済まそうなんてそんな虫のいい話はないよ。そう思って店を出ようとした私は、ある一つの商品に目が留まった。レインコートである。

 レインコート。傘と並ぶ防雨グッズの一つであるが、最後に使ったのはいつか分からない。たまにはこういうのも悪くないかと思い買ってみた。ペラペラのレインコートに身を包み家路につく。足元は結局濡れまくるがそれは傘でも一緒なのであまり気にはならない。なぜこいつはこんなにも傘に水をあけられてしまっているんだろう。久しぶりのレインコートはなかなか面白い経験であった。


お礼の電話

 先日帰宅すると、ちょうどそのタイミングで警察から電話がかかってきた。

「〇〇さんの小銭入れが落し物として届いています」

 めちゃくちゃ心当たりがある。ちょうど落としたんじゃないかと荷物を確認しようかと思っていたところだ。私はすぐに行きますと返事して警察署へ向かった。

 警察署で小銭入れを受け取ると、担当のお姉さんが名前と電話番号の書かれた紙をスッと差し出してきた。もちろん逆ナン…ではない。この小銭入れを拾ってくれた方とのことだ。なるほど、そんなこともあるか。お礼の連絡をするとよいかと思います、とのこと。電話かぁ…。

 私は電話が嫌いである。出来るだけしたくない。とはいえお礼しないのは諸々面倒くさいことがおこりそうだ。小銭入れには300円しか入っていなかったのだが、30円よこせとか言われたらどうしよう…。拾ってくれた方の名前をみると、中性的ではあるものの女性の印象が強い名前だ。急に知らん男から電話がかかってきたら怖くないだろうか。とまぁそんな感じで電話をしない言い訳を探していたが、お礼をしないわけにはいかない。覚悟を決めて電話することにした。

 …声だけではわからないが、どうやら気の良いおばさんらしかった。気にするだけ無駄だったといえよう。いや、本当に拾ってくれてありがとう。初めての経験で楽しかった。吹っ掛けられなくてよかった。心配するだけ無駄だった…のかもしれない。なかなか珍しい経験だったのだろう。


中国語の世界

 ある知人の中国人と、別の知人の台湾人が談笑していた。もちろん中国語である。私は中国語を大学で二年勉強したとはいえ、とうてい会話などできるレベルではない。彼らが何の話をしていたのかは分からないが、一つ気になったことがあったので隙を見て(日本語で)会話に混ざることにした。「台湾と大陸で中国語って通じるもんなんですか?」

 これは以前から少し気になっていたことである。中国語は地域のバリエーションが大きいと聞いていたので、政治体制的に異なる台湾と中国大陸で会話が通じるのはなんか不思議だなと思ったのである。それに対する二人の返答は、お互い地元の言葉はあるだろうが、大陸の普通話と台湾の普通話でなら大体通じるものなんだという感じであった。なるほどなぁ。中国語は方言のバリエーションは豊富でも、標準語どうしなら両岸でも通じるものなのね。そんなもんなのか。

 私がそんなことを思っていたら、突然中国人の方の知人が中国語の早口でベラベラベラっと捲し立てた。一拍おいて、台湾人の知人が大笑いする。何かしらすごい面白いジョークでも言ったのかと思って台湾人の知人の方に目をやる。彼はひとしきり笑った後、こう述べた。

「今のは私でも分からないwww」

 いや分からんのかい!単に中国人の彼は地元の言葉で急に喋りだすというボケをして、普通話でなら通じるけど本気で喋れば全く通じないということを示して見せたのである。台湾人の彼もさっきまで分かる言葉で話していた相手が急にフルスロットルで方言を開放したから思わず笑ってしまったのだろう。これが言語的多様性か、などと少し感心してしまった。中国語のスケールのでかさに触れたいい機会であったといえよう。


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