チンパンジーだけ残った――『Humankind』と『資本主義だけ残った』から

『隷属なき道』で知られるルトガー・ブレグマンの新作『Humankind 希望の歴史』が翻訳刊行された。現代にはびこる性悪説を覆し「人間の本質は善である」と雄弁に説く本書では、2000年に経済学者ジョセフ・ヘンリックが行なった「ホモ・エコノミクスが実在するかどうか」という調査が紹介されている。「五大陸、一二か国の一五のコミュニティを訪れ、そこで暮らす農民、遊牧民、狩猟民、採取民を対象として、一連のテストを行った」らしい。調査結果は、No。

どこでも、いつでも、調査結果が示すのは、人間は、ホモ・エコノミクスと呼ぶにはあまりにも善良で、あまりにも優しいということだった。(40頁)

だが、ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』によれば、事態はさらに変化しつつあるようだ。人間はたしかに善なる存在なのかもしれない。しかし、そうした「本質」を書き換えてしまうほどに資本主義が進行し、経済学の想定した「人間像」へと労働者が作り替えられている。

ギグエコノミーの成長により、私たちが持ってはいても以前は商業目的で使ったことのなかった自由時間やモノが商品化されている。(225頁)
かくて労働者は、雇用主からすれば完全に交換可能な「代理人(エージェント)」になる。めいめいが数週間から数カ月のあいだ、ひとつの仕事にとどまり、誰もが良くも悪くもほかの誰かとほぼ変わらない。この世界は、独自の特徴を持つ個人がもはや存在しない、新古典派経済学にとっての夢の世界に近づいている。個人はエージェントに置き換えられる。(227頁)

『資本主義だけ残った』の原書が刊行されたのは2019年だが、コロナ禍によりUber Eatsなどの利用者数が飛躍的に伸びた2021年の世界にとって、ミラノヴィッチの指摘はますます重い。

なおヘンリックも、上記の調査から時を経て、ホモ(?)・エコノミクスを探し当てている。「ホモ・エコノミクスモデルの標準的な予測は、簡単な実験でのチンパンジーの行動を予測するうえできわめて正確であることが証明された」(”Scientisits Discover What Economists Haven't Found: Humans," Evonomics.com(12 July 2016).『Humankind』40頁より孫引き)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?