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人権教育は「人」育てる土台

 部落差別の解約をめざし各地で盛んだった「同和教育」が、「人権教育」に姿を変えている。SNSによる誹謝中傷や、新型コロナウイルス感染者への嫌がらせなど、人権侵害の形や種類が多様化したからだろう。ジェンダーや不平等など「持続可能な開発目標(SDGS)」の視点からも克服すべき課題が多くある。今回は3年ほど前のコロナウイルスの蔓延をきっかけに徳島県の小学校や高校で取り組まれてきた人権教育について書いてみる。

 徳島県ではないある都道府県の自治体の教員意識調査で、人権学習を進める際に困っていることを聞いたところ、次のような課題が示された。 
「子どもの意欲や関心を高めるのが難しい」 
「間違ったことをしないか不安」 
「人権問題を教えたことがない」
と答えた若手の教員の割合はかなり高い数値を示した。
 もしかしたら、他県でも人権学習の推進に困難を抱えているところがあるかもしれないので、徳島の取り組みの良さを調べてみた。

 徳島市から南に約20キロのところにある阿南市の小学校では、6年生たちが、ハンセン病について学んだことを、隣の小学校に紹介するオンライン授業が取り組まれた。コロナウイルス蔓延によるプラスの方向の取り組みとしては、オンライン授業が全国の学校で進んだことだ。

 この小学校では、「ハンセン病はうつりにくく、治る病気です」をテーマに、6年生3クラス83人の児童がグループごとに作った動画を流しながら、国の政策によって療養所に隔離され、今なお300を超える人が本名を隠して暮らしていることを紹介した。ハンセン病の発症のしくみや治療法を説明し、戦後すぐに治療薬が発見されながらも長い間その事実は隠され、平成の世になって初めて隔離政策が間違っていたことが明るみに出た。ハンセン病について調査研究をした6年生は、「正しい知識を身のまわりの人に伝えていってください」と呼びかけた。

 この小学校では総合や道徳の時間だけでなく、国語、社会、音楽などあらゆる授業が日頃から人権教育と結びついている。
 2年生は国語の時間、有名な絵本「スイミー」のお話をもとに、小さな存在であっても力を合わせると大きな力になることや、一人ひとりが役割を果たす大切さなど、「仲間づくり」について学びを深めた。
 さらに児童会、保健、給食など12の委員会に「持続可能な開発目標(SDGs)」の17目標を割り振った。ミュージック委員会は、人権集会でみんなが大好きな「ビリーブ」という曲を手話付きで歌おうと提案した。1~6年生の異年齢による「わくわく班」も、仲間づくりを意識した活動の一つだ。校内や地域を巡るオリエンテーリングや遊びを通して、子どもたちは互いの理解を深めていった。


 コロナ禍で中止になった運動会の代わりに開かれたスポーツ集会では、6年生がリレーを終えた低学年を誘導した。感染防止のため手を引くことができず、言葉だけで幼い子を導くもどかしさや難しさを感じた6年生の男児は、こんなことを言った。
 「僕のやり方だとわかってもらえないんだな。もっと相手の立場になって教えてあげないと」
 それを聞いた人権教育主事の教諭は、
 「差別や偏見を目にしたとき、1人では勇気がなくても、一緒に立ち向かっていける仲間づくりをめざしてほしい」
と、人権教育が生徒に与えるプラスの効果に目を細めた。木々が光を浴び、養分を吸い上げて枝を広げていくように、子どもたちが教員たちの願いを自然体で受け止め成長している手応えを感じたと話された。


 徳島県阿南市の小学校では共通の「人権ファイル」が児童たちに配られ、学んだことを書き込んで繰り返し活用している。授業を終えた6年生に、「どうして差別はなくならないと思う?」と質問すると、堰を切ったように、たくさんの言葉が飛び出した。
 「思い込みかなあ」
 「自分よりも相手を下だと思うから」
 「誰かが言ったことを正しいかどうか確かめもせずに広めるから」
 「相手の立場になって、知りたいと思うことが大事なんだよ」

 人権教育を「思いやり」や「優しさ」といった観念的、抽象的な学習に終わらせないために、徳島県の教員は「差別の実態に深く学ぶ」姿勢を大切にしている。新任でもなく中堅でもない「8年目」の教員を対象に、被差別部落を訪ね、識字学級に通う人らの体験を聞くなどのフィールドワーク研修を続けている。

 
 徳島県徳島市の公立高校放送部の生徒が作った作品が「若者発! 人権啓発映像コンテンツ」で優秀賞に選ばれた。タイトルは「本当の敵」。「身近な人が新型コロナに感染したら、周囲の反応はどう変わるのか。ふとした言動で人を傷つけていないだろうか。」を考えさせる30秒の啓発動画だ。
 「○○ちゃんのお姉さん、コロナらしいよ」「じゃあ、あんま近づかない方がよくね?」 朝、登校してきた女子生徒の背後で、クラスメートがうわさをする。でもそんな生徒ばかりではなく、隣の席に座る別の子は床に落ちたペンを拾い上げ、女子生徒に渡してあげる…。そんな内容だ。この啓発動画は、最後の場面で見る人に重い問いを突きつける。
 「私たちの敵は何ですか」


 同校放送部の顧問教諭は「身近な差別や偏見について、構えることなくみんなで話し合える雰囲気が先輩から後輩に受け継がれている」と話した。
すべての新入生は「人間関係づくりワークショップ」に参加し、自他を尊重する表現を学んだ。各クラスで「コロナ差別」や「インターネットの人権侵害」について話し合う時間が設けられ、差別や隔見をテーマにした映画や演劇の鑑賞会などが毎年続けられてきた。徳島県では全公立小・中学校、高校に1人ずつ人権教育主事が配置されている。徳島県教育委員会人権教育課長は次のように話す。
 「命や仲間の大切さを教えるのは当たり前。徳島の教員は誰も人権教育を特別なことだと思っていない。人権教育はたんすの引き出しなどではなく、人を育てるうえで底板となる大切なものだ。」

 もう10年ほど、名古屋市教育委員会主催の人権啓発ファシリテーター養成講座を受講し、「ゆいネット・ナゴヤ」という名前で仲間たちと人権についてのファシリテーションについて研究を重ねている。フィールドワークで部落差別の現場やハンセン病療養施設を訪問することもある。私は「人権」についての継続的な学びは究極の生涯学習だと考えている。これからも様々な視点からの「学び」を続けるつもりだ。

私の記事を読んでくださり、心から感謝申し上げます。とても励みになります。いただいたサポートは私の創作活動の一助として大切に使わせていただくつもりです。 これからも応援よろしくお願いいたします。