今年気になったアメリカの教育ニュース

頭が働かず、この状態で博論や就活や本の執筆をすると危険なので、頭を使わない作業として、今年気になった教育ニュースをまとめておこうと思います。

なぜ頭が働かないのかというと、39.5Cの熱が出て、オミクロン株をついに拾ったのかと思いきや、咳も鼻水も出ていないし鼻も喉も大丈夫で、ただ高熱が出て腹痛で一日トイレに籠っていたので、これはあれですね、途上国あるあるの食中毒。雨季のネパールならまだしも、冬のミシガンでなぜ・・・?

1週間休み。

①バイデン政権の新型コロナ対応

バイデン政権の新型コロナ対応は、CARES Actというトランプ政権が打ち出した新型コロナ対応に乗っかる形となったAmerican Rescue Planで行われました。トランプ政権下のCARES Actで教育に割かれた資金が30.75Bドル(約3兆4千億円)、その中でも基礎教育に行ったのは13.2Bドル(約1兆5千億円)なのに対し、American Rescue Planで教育に割かれた資金は基礎教育だけでも約130Bドル(約14兆3千億円)と、文字通り桁違いの資金が充てられました。

American Rescue Planの基礎教育部分の特徴は、①資金の90%以上は学区に直接割り当てられなければならない、②資金の20%は学びの損失に対応するものでなければならない(≒感染症予防ではなく、学習に直接対応する)、という2点です。

バイデン政権の新型コロナ対応資金がばらまかれたのがまだこの夏なので、成果については何とも言えないですが、新型コロナ禍で子供達の学力は低下していて、少なくともトランプ政権のそれはtoo little too lateだったんだろうなと思います。

②バイデン政権の教育政策は画餅?

バイデン政権の特徴は、①で触れたトランプ政権の10倍近い支出からも分かるように、JFK以来のカトリック系大統領である事が反映された、巨大な社会保障にあります。

1.9Tドル(約210兆円)のAmerican Rescue Planも、バイデン政権のBuild Back Better Planの中にある3要素の一つに過ぎません。もう一つはこの11月に議会を通過した1.2Tドル(約130兆円)のインフラプラン(Infrastructure Investment and Jobs Act)、そしてもう一つが2Tドル(約220兆円)の社会保障プランです。

この社会保障プランであるAmerican Family Planは、正直日本でも通らないでしょうという内容がふんだんに入っていて、それは例えば、幼児教育の無償化(3・4歳児)、幼児ケアの拡充、短大の無償化といったものです。案の定、西バージニア州選出の民主党議員Joe Manchin氏の大暴れによって、インフラプランと異なり2021年中の議会通過は絶望的になりました。

ただ、日本でも通るだろうという基礎教育に関する内容も入っていて、それまで犠牲になるのであれば、流石にそれはちょっとマズい感じがします。それは教員支援です。具体的には、①教員養成プログラムにいる学生への奨学金とそれに類似するプログラムの支援、②現職教員に対する追加の教員免許取得支援、③Ed Leadershipの支援、の3つからなる90億ドル(約1兆円)の支援です。

このAmerican Family Planがここまでグダグダになると、恐ろしいのが来年予定されているElementary and Secondary Education Act(ESEA)の更新です。日本だと義務教育費国庫負担金制度で教員給与などなどの1/3は中央政府の支払いですが、アメリカの場合は教育システムが分権的なので教育費の中央政府の支払いは知る限り10%を超えた事がありません。そして、この僅かな中央政府支払いの根拠となっているのがESEAです。このESEAは、ブッシュ政権ではNCLB、オバマ政権ではESSA、トランプ政権では名称はないもののChoiceを大プッシュする形で更新され、政権の教育政策を象徴するものとなります。

バイデン政権は、現行の予算規模を倍増以上させる計画で、これが通ると史上初めて10%ラインを超える事になります。固定資産税が主な教育財源となっているアメリカで、地価が安い貧困地区の学校に中央からの資金をつぎ込んで、予算と教員給与を増やし、より良い教員を引き付けようという計画です。

これまでの政権は、一つの法案で教育問題すべてに対応しようとしてきたのに対し、バイデン政権はインフラプランで学校建築、ファミリープランで教員養成・教員研修、ESEAで教育財政、とイシューを分解して取り組もうとしているのが特徴で、それだけの予算を教育セクターにつぎ込む意思の表れであると同時に、どこか一つの法案がコケると不完全体となるというリスクも背負っています。ファミリープランで顕在化したこのリスクは、バイデン政権の教育政策を画餅に帰すのかなと悲観的な予想をしておきます。

③マスク革命

アメリカの教育システムは分権的で、基本的に学区・州が圧倒的な力を持ち、連邦政府はそれに対して何もできないのが基本です。日本だと学習指導要領は中央が作りますが、アメリカだとあれは州政府の仕事です。このため、地方の決定を中央が覆しに行く事は極めて異例で、それはリトル・ロック高校事件の様に、アメリカの教育政策上の革命的な出来事として記憶されます。

今年は、そんな革命的な出来事が起きた年です。フロリダ州は学校においてマスク着用義務を課すな、課したら資金提供止めるぞ、という決定を下しました。これに対し、8つの学区が反旗を翻し、連邦政府がフロリダ州政府に代わって資金提供をすると申し出ました(ニュースソース)。さすがにリトル・ロック高校の様に軍が関与する事態にはなりませんでしたが、州政府の決定を連邦政府が覆しに行く革命的な出来事となりました。

後日談として、年末になってフロリダ州政府はこれらの学区への資金提供を再開し(ニュース・ソース)、これ程までにくだらない事で革命的な出来事が起きるとは・・・と唖然としました。

アメリカの教育制度が分権的なのは、教育を通じて民主主義を養う事が目的であり、その話し合いの場に暴力が持ち込まれる事など決してあってはなりません。しかし、次のトピックで出てくる批判的人種理論も相まって、マスク着用義務に反対する保護者が教育委員会に対して脅しをかける事例が全米各地、特に共和党州とスイングステイトで発生しました(ニュースソース)。これはアメリカの教育システムの根本に対する挑戦であり、極めて革命的な出来事だと言えますが、それがマスクというのはちょっと残念な話ですね。

④批判的人種理論をめぐるごたごた

恐らく、アメリカ人に今年最大の教育ニュースは何だと聞いたら、新型コロナの次に出てくるのが批判的人種理論(Critical Race Theory)かなと思います。批判的人種理論と教育って何?なぜ大爆発しているの?というのは、私が理事をしているNGOのブログの方で解説したので、興味がある人は参考にしてみて下さい。

このごたごたが興味深いのは幾つもの理由があります。第一に、批判的人種理論は殆ど教育現場で扱われていないものなのに爆発した点です(ニュースソース)。9割以上の学校では扱われた事がありません。さらに興味深いのは、十字砲火の対象となっている批判的人種理論は、それそのものよりも、Socio-Emotional Learningという今教育業界でブームとなっているトピックの中にその真髄がある物であるのに、それは集中砲火の対象となっていない点です(ニュースソース)。ちょっと本来の意味とは違いますが、生物としてのトカゲのしっぽ切りのように、批判的人種理論という名前を切って、その本質は生き残っている感じで、実に興味深い現象です。

第二に、この爆発が議論に留まる事無く実際の教育現場にまで影響を及ぼしている点です。例えば、実際にクビになる人が出てきたり(ニュース)、図書館の本が燃やされる事態になっています(ニュース)。文字通り、火のない所に煙が立っていて実に興味深いものです。

⑤ストレスを抱えた子供達

新型コロナ禍で子供達が大きなストレスを抱えています。最も象徴的なのは、自殺率の増加です。学区によっては新型コロナによる閉校で自殺が急増してしまったために学校を再開したという所もあるほどです(ニュース)。

新年度が始まってからは、Tik Tokを介した子供達の問題行動も拡大しています。まず初めに、学校の備品ぶっ壊せ運動が広がりました(ニュース)。ここで留まっていればまだ良かった(良くない)のですが、これが先生を引っ叩け運動へと過激化してしまいました(ニュース)。そして、主に西海岸で見られたこの運動が全米に拡大し、12月17日には休校にする所まで出てきてしまいました(ニュース)。

既にアメリカの15-19歳の子供の自殺率は、日本のそれを上回っており、子供達のメンタル状況がボロボロであったのですが、新型コロナがこれに拍車をかけた形となりました。

⑥人手不足

2021年のアメリカは猛烈なインフレでした。特に人件費の高騰が強烈で、①新型コロナで移民が入って来なくなった、②新型コロナに伴う手厚い失業補償、で働き手がいなくなり、人件費が高騰しました。

公務員というのは、景気が良い時にはあんな給与の低い仕事につくなんて馬鹿だと蔑まれ、景気が悪い時にはあんなにも給与を貰いやがってと批判されるのが常ですが、要するに民間で人件費が高騰した時に、パブリックセクターではそのペース程には人件費を上げられないため、人手不足に陥りがちです。

まずこれが顕著に現れたのがスクールバスの運転手で、秋口にかけて子供達の登校・部活動に大きな影響が出ました(ニュース)。そしてこれは教員にも波及し、全米各地で授業がキャンセルされたり、週4日授業の所も現れたりしました(ニュース)。

教員への暴力が増加する中で、バイデン政権のAmerican Family PlanとESEA改定がこけたら、教員の相対的な給与も労働環境も悪化し続けるわけで、この教育セクターでの人手不足は深刻化・長期化していきそうです。


今年はアメリカの転換点になったかもしれない1月6日事件で幕が開けましたが、教育セクターも今後を占ううえで非常に重要な一年となったように思います。新型コロナの影響を克服できるのか、教育における人種間格差を克服できるのか、来年には民主党敗北必至とささやかれる中間選挙を控えバイデン政権のデッドロック化が濃厚となる中で、アメリカはどう動いていくのか注目していきたいと思います。

それにしてもお腹と頭が痛い。。。


サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。