「女性が輝く社会づくり」の安倍政権は7年8カ月かけて女子教育問題を解決できたのか(Wezzy2020.09.09掲載)

8月28日に、安倍首相が健康問題により辞任を表明しました。安倍政権は「すべての女性が輝く社会づくり」を掲げていた政権です。数ある政策分野の中でもジェンダーを大きな課題として、解決しようとしていました。実際に、経団連に女性役員の要望を出したり、女性活躍推進法を定めて一定以上の規模の会社に対して女性の雇用に関する情報を公開させたりするなど、ジェンダー問題解決のために数々の施策も打ち出しました。

また、対外的にも、去年の国連総会で途上国の女子教育問題に取り組むことを安倍首相は表明しました。大半の途上国で、既に小学校に通う子供の男女比率はイーブンのところまで来ており、途上国の教育問題に携わる同業者の中でもこの表明に対して「いまさら女子教育?」と疑問の声が上がりました。

しかし、男女比率がイーブンになったのは「女子が学校に行くことを条件に現金を与える」といった、根本的な問題に取り組まない小手先の施策に拠るところが大きかったので、案の定、新型コロナを機に女子の妊娠が増えるなどの要因により、学校再開後に女子を中心に退学者が続出することが予想される、筆者からすれば「そらみたことか」という状況に陥っています。このことから、私は安倍首相の意思表明は正しいものだったと評価しています。

このように、国内的にも、対外的にも女性が輝く社会づくりを7年8カ月の長期にわたって推進してきた安倍政権ですが、この推進は日本が抱えるジェンダー問題解決にちゃんと結びついたのでしょうか?これまでwezzyで繰り返し述べてきたように、日本は女子教育の問題とジェンダー問題が鶏と卵の関係になっており、女子教育の問題が解決に向かっていなかったのであればジェンダー問題が解決の方向には向かっていなかった可能性が高いですし、女子教育の問題が解決されない限りジェンダー問題も解決されません。

日本は他の先進国と比べたとき、大学・大学院での女子学生比率が低い、理系での女子学生比率が低い、トップスクールでの女子学生比率が低い、という三重苦の女子教育問題を抱えています。7年8カ月という長期政権となったため、第二次安倍政権が樹立したときに中学生だった女子は既に大学生に、高校生だった女子は大学院生へと到達する年齢となっています。今回は、2012年と2020年のデータを比較することで、安倍政権の女子教育、ひいてはジェンダー問題への取り組みがどうだったのか検証してみましょう。

安倍政権は大学・大学院の女子学生比率の問題を解決できたのか?

さっそく大学・大学院の在籍データを見ていきましょう。

第二次安倍政権が樹立したのは平成24年です。文部科学省の学校基本調査を見ると、この年の大学・大学院における女子学生比率はそれぞれ、43.0%と30.6%でした。そして、令和二年のこの値はそれぞれ、44.4%と32.6%となっています。7年8カ月の年月をかけて、それぞれ1.4%ポイント、2%ポイント向上させられました。

この歩みがどの程度なのかを考えるために、世界銀行のWorld Development Indicatorsを見てみましょう。大学・修士課程における女子学生比率のOECD諸国の平均は2012年の時点で既に50%を上回り、博士課程においてすら2019年には女子学生比率が47.8%にまで到達しています。

また、OECD諸国の高等教育における女子教育の問題と言えば、日韓が常に熾烈な最下位争いを繰り広げてきましたが、韓国は修士課程における女子学生比率は50%を超え、博士課程でも39.4%と、高度な知識・技能を持つ女性の輩出という点では日本のはるか先に行ってしまいました。これからますます経済構造が高度化していくことを考えれば、この7年8カ月の歩みをもって大学・大学院の女子学生比率の問題を解決できたとは言えません。

安倍政権は理系女子の問題を解決できたのか?

次に理工系の在籍データを見ましょう。同じく文部科学省の学校基本調査を見ると、この年の理学・工学における女子学生比率はそれぞれ、26.1%と11.7%でした。令和二年のデータはまだ公開されていないので令和元年のデータを見ると、この値はそれぞれ、27.9%と15.4%となっており、それぞれ1.8%ポイント、3.7%ポイント向上しています。

これも同じく、歩みがどの程度なのか見るために、世界銀行のWorld Development Indicatorsを見ましょう。残念ながらこのデータに関してはカバレッジの問題でOECD諸国の平均値が出ていなかったので、最新のデータを並べてみることにします。

残念ながら理学・工学においても、データが報告されているOECD諸国の中で日本は最下位のままです。仮に他のOECD諸国がここから理系女子の育成に失敗して全く値を伸ばせなかったとしても、安倍政権の歩みのペースでは最下位を抜け出すのにすら10年はかかりますし、中位グループに追いつくのには30年はかかります。これを考えると、安倍政権の間に理系に進学する女子学生は増えたのですが、その歩みはあまりにも遅すぎて理系女子の問題を解決できたとは言えません。

安倍政権はトップスクールの女子学生比率の問題を解消できたのか?

最後にトップスクールの在籍データを見ましょう。トップスクールをどのように定義するかはどうやっても議論を免れないので、特に強い理由も無く旧帝国大学のデータを出しておくので、異論がある方はご自身で調べてみて下さい。

安倍政権が成立した2012年は、大阪外国語大学を吸収して女子学生比率が大幅に高くなった大阪大学を除いて、東京大学で女子学生比率が20%すら超えていないのを筆頭に、全ての旧帝国大学で女子学生比率が1/3にも到達しない状況でした。

そして、8年後の2020年にどうなったかというと、大きく女子学生比率を落としたところが無い一方で、女子学生比率が2%ポイント以上増加した所もありません。この結果、相変わらず東京大学で女子学生比率は20%を超えていないですし、大阪大学を除いて女子学生比率が1/3を超えたところも出てきていません。

世界のトップ大学の多くが、学部による偏りが大きいものの、大学全体として女子学生比率を50%ぐらいに持っていっていることは以前お話しました。このペースでいくと、世界のトップスクールに追いつくためには30年程度はかかるわけで、この進捗の遅さではトップスクールの女子学生比率の問題を解決できたとは言えません。

まとめ

もう少し長いスパンで女子教育の課題を見つめると、1980年の時点で女子学生比率が50%を超えていたOECD諸国は僅かに数カ国しかなく、当時、女子教育の拡充はほぼ全ての先進国で課題となっていました。

しかし、2020年の段階でこれが50%を超えていないのは、日本を筆頭に僅か数カ国となっています。つまり、他国が物凄い勢いで女子教育の課題を解決した中、日本はゆっくりゆっくりと改善しているところというわけです。

安倍政権はこの歴史の延長線上にあります。7年8カ月という長期政権でありながら、大学/大学院・理系・トップスクール、全ての女子教育の課題で、問題が悪化はしていないものの、他の先進諸国にキャッチアップするためには30年ぐらいはかかるという、極めて低調な改善のペースだったのです。

同様のことは他の教育課題についても当てはまります。現在の日本の教育の最大の課題は、ICT化の大幅な遅れですが、これについても1980年頃には地球上に存在していなかった課題です。他の先進諸国が教育のICT化物凄い勢いで進めていく中、日本はのんびりのんびりと教育のICT化を進めていき、安倍政権下でもこの流れは続き、新型コロナが来てこの歩みの遅さに国民の皆が気付く事態となりました。

21世紀に入ってからの日本の経済と、東アジアや東南アジアの経済を見比べると、大胆に言ってしまえば、失われた20年が30年に伸びたことについても、他国が猛ダッシュをしている中で、日本は後退や停止はせずとも、ちんたらちんたらと歩いていた、という教育と同様のことが当てはまっているのでしょう。

個人的には、次の政権にはジェンダー問題に対して施策を打ち出して何かした気になるのではなく、女子教育の課題に真摯に取り組みジェンダーの問題を解決して欲しいと思います。しかし、数々の面で過去20年のトレンドに乗っかっただけの安倍政権が高支持率を維持したまま退陣するのを見ると、女性管理職の3割目標の実現を2020年から30年代に先送りしたように、女子教育とジェンダーの課題解決は先延ばしを繰り返しながらのんびりと解決していくのが多数派の総意のように見受けられます。

日本は激動の昭和を生き抜きある程度の豊かさは既に実現しました。国際社会の中で衰退・転落していきながらも、引き籠ってのんびりと進んでいく。これが日本社会にとっての幸せなのかもしれませんね。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。