アメリカの手厚い失業給付金が批判されている理由「トランプは米国経済の根本的な仕組みを分かっていないのか」(Wezzy2020.11.01掲載)

日本は25歳以上の大学入学者が少ない

今日はまず、各国の大学と短大に入学する人達の中で25歳以上の人達の割合を示した図を見てもらおうと思います。

なお二つの注意点があります。一つは軍隊と大学入学の関係です。徴兵制がある国々は、日本のような国と比べて、教育とキャリアの関係が複雑化しやすくなります。また、米国のように、徴兵制は無いものの、貧困層の子供にとって、軍隊に行って奨学金を得ることが大学へのアクセスを切り開く、という貧困と軍隊が少なからず関係している国々でも教育とキャリアの関係が複雑化しやすくなります。

もう一つは、教育を受ける年齢が後ろ倒しになるような政策は望ましいものではないという点です。もちろん、いつ大学へ行くかは個人の自由ですし、人によっては働いてから大学に行った方がより多くの事を学べるのかもしれません。

しかし、シノドス(高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか)で紹介したように、働いてから大学に行っても、高校から直接大学に行っても、平均すれば人的資本(身につけている技術や知識のこと)の金銭的価値には差はありません。

ただし年を取ってから大学に行けば行くほど、新たに学んだ知識やスキルを活かせる期間が減ってしまいます。このため、もちろん社会人になってから大学に入るのは個人の自由ですが、政府が大学に行く年齢を遅らせるような施策を推進するのは望ましいものではありません。

以上を踏まえて、図1をご覧ください。

図を見てもらうと分かるように、日本は先進諸国の中では極めて特殊な国で、大学を見ても、短大を見ても、ほとんどの入学者が10代で、25歳以上で大学や短大へ行く人がほぼいないという特徴を持っています。

それに対して、多くの先進諸国では、大学入学者の10%から20%ぐらいは25歳以上となっています。そして、短大を見ると、実に多くの国々で大学以上に、25歳以上で入学してくる人の割合が高くなっています。

先ほど言及したように、日本は軍隊と高等教育の関係が希薄なので、この割合が低くなりがちというのは確かにあります。また、新卒一括採用システム辺りが影響して、働いてから大学へ行くことが抑制されていることも考えられます。しかし、これらは大した問題ではありません。問題なのは、一度働いた人の「学び直し」がほとんど見られないことです。

アメリカでは手厚い失業給付金が批判されている

今回はここから話を急旋回させて新型コロナ禍におけるアメリカの給付金についての話をしていきます。

日本で10万円の給付金が行われたのと同様に、アメリカでも約12万円の給付金が支給されました。日本人留学生という立場ではどちらの対象にもならなかったのは恨めしい限りです。私のことはさておき、アメリカではこれに加えて、週当たり600ドル、月換算で約25万円の失業給付金も実施されています。

一見すると世界的な危機の中で太っ腹な政策だと好意的な評価をくだせそうな政策ですが、実はトランプ大統領は米国経済の根本的な仕組みを分かっていないのではないかという批判があるのですす。

ここで再び冒頭の図に戻りたいと思います。先進諸国と比べたときに、日本では大学への社会人入学が少な過ぎることがたびたび問題になります。しかし「アメリカでは大学への社会人入学が多い」というのは錯覚で、アメリカでも、大学に25歳以上で入学してくる人は実は10人に1人以下とそれほど多くない上に、その中には少なくない退役軍人が入っているのです。つまり、アメリカでも軍隊以外で、働いてから大学へ進学するというのは、比較的珍しいことだと分かります。

注目すべきは、短大です。米国では日本の短大に相当するものはコミュニティカレッジ(コミュカレ)と呼ばれています。しかし入学者の年齢分布を見れば、コミュカレが日本の短大と性質が大きく異なるものだということがかります。日本の短大に25歳以上で入学する人は100人に1人もいないのですが、米国のコミュカレの入学者の4人に1人以上は25歳以上となっているのです。

同様のことは大学院(修士課程)についても当てはまります。日本では、修士課程の入学者に占める30歳以上の人の割合は10人に1人以下となっていますが、米国では3人に1人以上は30歳以上の人となっています。

これは考えてみると当然ではあるのですが、社会人の学び直しとして学士課程の4年はかなり長い一方で(私も30歳を過ぎて博士課程に入り、今年で4年目になりますが、やはり長過ぎると実感しています)、修士課程の2年であればまだ何とかなります。

この学び直しとしてのコミュカレ、大学院という存在こそ「トランプ大統領は米国経済の根本的な仕組みを分かっていないのではないか」という批判を生んだのです。

オバマ政権から続くアメリカの失策

なぜコミュカレないしは大学院での2年間の学び直しの観点から、月25万円の失業給付金が問題視されたのでしょうか(詳しい議論は、ぜひハーバード大学のデミング教授が執筆したNew York Timesの記事に目を通してください)。

米国は不景気で発生した失業者がコミュカレで地域の状況に即したスキルや知識を学び直して、景気回復と共にまた労働へと戻っていくという伝統がありました。

しかし、①代々コミュカレへの公的支援が不十分であった、②トランプ大統領は明確に高等教育機関を敵視しており、新型コロナ禍でもコミュカレや大学への支援が極めて不十分であった、③失業給付金として月に25万円+一時金10万円を渡すことで、失業者の学ぶ意欲を損ねてしまった、という失策が積み重なった結果、一時期2500万人近くの失業者が発生したにもかかわらず、この秋のコミュカレの学生数は前年比で8%も減少してしまったのです。この値には留学生の減少も含まれるので、米国人に絞ったときのコミュカレの就学状況はもう少し良いものだと考えられますが。

新型コロナで発生した失業は、特に低スキル・低学歴層に偏重していました。このとき政府が採るべき対策は、失業給付金をもう少し削ってでもコミュカレに公的支援を行い、新型コロナで発生した低スキルの失業者をコミュカレに奨学金などで誘引し、新型コロナの影響が緩和された頃に元失業者達が労働市場に戻って来て、スキルアップした分だけ以前よりも高い賃金で雇用されて好景気&経済成長に貢献する……というものでしたが、そうはなりませんでした。

この手の失敗は、トランプ政権だけでなく、オバマ政権でも起こったもので、教育政策に関して言えば、アメリカは3期12年に渡って失策が続きました。民主党のバイデン候補の政策はオバマ前大統領のそれと近いものがあり、この失敗が継続する恐れもあります。バイデン候補の配偶者は、長年コミュカレの教員を務めてきた人なので、その経験を活かしたアドバイスがあれば、長年続いてきた問題が解消される可能性もありますが……大統領選の結果が楽しみです。

アメリカを反面教師に日本がすべきこと

このアメリカの新型コロナに関連する失業給付問題のドタバタから日本が反面教師的に学べることがあります。日本では現在、社会人の学び直し議論の主戦場は主に大学だという印象を受けますが、これを短大と修士課程にシフトさせるべきです。放棄所得の大きさや精神的なしんどさを考えると、4年はかなり長いです。さらに、第二次石油危機やバブル崩壊直後の景気後退時期を除けば、2年を超える景気後退局面は起こっていないので、2年程度の学び直し期間というのは理にかなっています。

日本でも求職者支援訓練と職業訓練がありますが、どちらも長くても半年程度のものが主力で、景気サイクルにもあっていないし、学位も出ません。であれば短大の活用をより考慮できるようにするのが良いのではないでしょうか?

また、以前の記事でも紹介しましたが、日本は社内研修が充実しているのかもしれませんが、それにしても大学院進学者が他の先進諸国と比べて極端に少ないので、この点からも社会人の学び直しとして修士課程の活用はより考慮されて良さそうです。

過去10年以上も米国は、不景気を活かして人々のスキルアップを図り好景気と経済成長をプッシュするという自国の強みを忘れていました。日本はこれを反面教師として、新型コロナのようなピンチもチャンスに変える思考で政策に取り組んでもらいたいものです。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。