新型コロナで導入が進む、ICTを活用した教育の効果とは?(Wezzy2021.05.21掲載)

新型コロナウイルス感染症による子供達の学びの損失が、世界的に大きな話題となっています。英米では現在学校で学んでいる子供達は、学びの損失が発生しなかった場合と比べて、将来収入が3%程度下がってしまうのではないかと言われています。

そんな中で注目を集めているのがICTを活用した教育、ないしはEdTechと呼ばれる分野です。

この分野は中身が非常に多様であるため、ICTを活用した教育は効果がある/ないを一概に論じることが難しいですし、その多様な中身をどう分類するのかもなかなかに難しいところがあります。

今回は、私の専門分野である教育政策の観点から、ICTを活用した教育を、①Computer Assisted Learning (CAL)、②オンライン授業、③Massive Open Online Course (MOOC)、の3つにわけてお話したいと思います。

CALとは?

CALを一言で説明するのは、多様さ故に難しいところがあるのですが、基礎教育で使われるものでイメージしやすいのは、漢字ドリルや計算ドリルといった紙媒体の自学自習用の学習教材が、電子媒体になったものだと思います。

その中にも、ただ単純にコンピューターやタブレットを使って自分で選んだ教材で学習するものから、オンラインで習熟度に応じて出てくる問題が変更されるものまで多岐にわたります。日本でも、既に様々な民間企業がオンラインベースのCALの提供を行っています。

CALは、数学や国語などの復習に活用された場合、特に大きな効果を発揮することが知られています。しかもこれは、アメリカ中国インドと国を超えて効果が確認されています。

特にインドのものは効果が大きく、多くの研究者が参照するなど影響力が大きなものになっています。子供達の学力を向上させられるだろうと期待されて行われた教育プロジェクトが100個あった場合、その中でも上位の数個に位置付けられるほどです。

オンライン授業とは?

オンライン授業もまた非常に幅が広いものです。次に解説するMOOCとの違いを際立たせるために、ここでは限定された、そこそこの数の生徒・学生が受ける授業のことを指したいと思います。具体的に言えば、新型コロナに伴う学校閉鎖で実施されたようなものや、大学でのオンラインコースのようなものです。

対面授業と比べた時に、オンライン授業は同等の効果を発揮するか、ないしは低い教育効果となることが多く、対面授業よりも効果が高いという研究はほとんどありません。その中でもいくつか示唆に富む研究を紹介したいと思います。

一つ目は、ミシガン州立大学で実施された実験です。この実験でもオンライン授業は対面授業に劣るという結果になっているのですが、興味深い点は、教育効果を確かめるために実施した試験で、オンライン授業が対面授業に顕著に劣った問題と、そうでもなかった問題が存在したことです。

二つ目は、アメリカのどこかの研究大学(筆者たちの所属的に、まず間違いなくフロリダ大学です、苦笑)で行われた実験です。この実験でもやはりオンライン授業は対面授業に劣っているのですが、オンライン授業のコストに迫っている点が興味深いです。

私はオンライン授業はかなりのコスト削減になるとなんとなく思っていたのですが、筆者たちの計算によるとそうでもないようです。結局のところ、オンライン授業でも採点業務は付いて回るし、オンラインシステム維持の職員を雇ったりしなければならない上に、その大学の学生でなければ受講できないということから受講人数がそれほど多くならないので、給与がかなり高い教員を不必要に出来るか、何年かオンライン授業を使いまわせない限り、対面授業よりも大幅にコストが安くなることはないようです。

三つ目は、ジュネーブ大学や、米国のどこかの営利私立大学など、複数の研究で見られた、オンライン教育の効果は学生の特徴によって異なるという点です。具体的には、社会経済的に豊かでない家庭出身や低学力の子供の間で効果が無い、ないしは悪影響が出た一方で、恵まれた・優秀な学生の間ではそうではありませんでした。

この結果を直観的に理解できるのは、フィットネスだと思います。最近では、ある程度の設備が整ったジムの月会費だけ支払っていれば、大きな体やバキバキの体を作ることができます。なぜなら、なかやまきんに君をはじめとする様々なボディビルダーが、トレーニングの種類や正しいフォーム、栄養に関する知識をYouTubeで提供してくれているので、それで学んで後は実践すればよいだけだからです。

しかし、世の中には依然として、トレーニング・食事メニューを管理してくれるパーソナルトレーナーが数多くいますし、驚くほど高額なパーソナルジムも存在します。なぜなら、誰かに管理してもらわないとやりぬくだけの力が無かったり、そもそもYouTubeの解説を理解するための基礎知識すら無かったりするからです(なかやまきんに君のYouTubeも、平易な内容はきんにくTV、詳細な内容はきんにくTV 2ndにわかれていて、いきなりサブチャンネルの解説動画に行くと、ついて行けない人が続出しそうです。このことは、次に解説するMOOCに特に当てはまります)。

これが学習についてもそのまま当てはまります。ICTを活用した教育をやりぬくだけの力が無ければ効果は期待できませんし、ICTを活用して学ぶ知識やスキルが無い場合も同様です。この効果の異なり方が格差を拡大させる方向で働く恐れが高い点に、オンライン教育をデザインする時には注意が必要だと考えられます。

MOOCとは?

MOOCは、オンライン授業の一種です。MassiveとOpenという二つの形容詞がついているように、誰でも受けることが出来るオンライン授業のことを指しています。定義からは若干外れますが、古くで言えば予備校のサテライト講座がMOOCに近いものでしょう。近年では日本にもカーンアカデミーやコーセラのような無料のオンライン講座が進出してきていますし、日本の大学も無料のオンライン講座を公開していたりするので、MOOCは老若男女を問わず浸透してきていると言えます。

MOOCについては、ハーバード大学のデミング教授がNY Timesで解説したものが、平易な英語で分かりやすく説明してくれているので、そちらを参照してもらえればと思いますが、簡単に私の方でも記述しておきます。

MOOCは誕生してからしばらく経ちましたし、誕生から現在まで、日本を含めて様々な著名人が、もはやMOOCがあるから大学など必要ないと主張してきました。しかし、現実はどうなっているでしょうか? 米国では大学の授業料は上がり続けていますし、エリート大に入学するのも年々難しくなっています。もはやハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の授業ですら、時間や場所に縛られる事なく誰でも無料でオンラインで見れるにもかかわらずです。つまり、大学が必要なくなるどころか、大学への需要は増加の一途を辿っているということです。

もちろん、大学の卒業証書にこそ価値があるから、人々は無料でMOOCで学べるにもかかわらず、高いお金を払って大学へ行くのだ、という議論も成り立たないわけでは無いです。しかし、教育経済学・教育政策分野の色々な研究結果を基に考えれば、例外的な能力を持ち合わせているからこそ著名人は著名人たるわけで、例外的な能力を持っているからこそMOOCを活用しきれるので大学に行く必要が無い、そういった人達だと考えられます。

ICTを活用した教育の注意点

ここまでの話で注意が必要な点があります。それは、ICTを活用した教育の効果は、それが出てくるまでに時間が必要な場合があるということです。

ICTを活用して教える・学ぶためのスキルを蓄積するのに時間がかかります。ミシガン州立大学のNakasone教授の研究などは途上国の教育や農業分野でそのことを明らかにしています。これらの研究を見ると、コンピューターを配布した翌年にはその効果が見られないものの、年数が経つごとに効果が大きくなっていったので、ICTを活用した教育の効果は、数年後まで見据えて測定しなければ意味がないがわかります。

同様のことが新型コロナ禍のアメリカにも当てはまっています。アメリカの研究大学で、新型コロナによって学生の間でどれだけ学習に遅れが出たのかを分析した研究があります。この研究によれば、これまでオンライン教育を実施したことがない教員についた学生の間で特に大きな学習の遅れが確認されています。

裏を返せば、オンライン教育は対面よりも効果的であることは稀だと言っても、教員がオンライン教育に習熟していれば、そうではなくなる可能性も十分にありますし、生徒や学生がオンライン授業やMOOCで学ぶことに慣れれば、対面よりもより充実した学びを得ることが出来る可能性もあるということです。

まとめ

日本について言えば、新型コロナに伴う休校の話が出た時に、これはヤバいかもと思いました。なぜなら、ICTを活用した教育を実施する上で、ICTへの習熟度は成功のカギの一つですが、日本は国際学力調査で、この分野で常に最下位グループにいたからです。

私も新型コロナ禍で実際にオンライン授業を受けましたが、普段からオンラインの教員免許コースを教えている教員は実にうまく授業をしていましたし、実際対面よりもいいのではないかと思ったほどですが、そうではない教員の授業は見るも無残なものでした。

特にある程度できる子の基礎的な部分についてはCALを用いて学びの損失の補填を安価に実施していくのは良い対策だと考えられますが、いつなんどき何が起こるか予想がつかないので、これを機に教員のICTを活用した授業実施の熟練度を上げておくことが必要です。

アメリカについて言えば、社会経済的に恵まれた子供達がICTを活用した教育をフルに活かしてより安価により良い教育を受けて才能を花開かせていく可能性は大いにあります。その一方で、エリート教育が寄宿制学校に集中していることを考えれば、豊かな親がICTを活用した安価な教育の活用に走るとは想像しがたいところがあります。

社会経済的に恵まれない子供達については今後も対面の教育を必要とし続けることが考えられます。その一方で、アメリカのサイバーチャータースクールや途上国の低コスト型私立学校が、効果はさておき、一律で安価な、いわばマクドナルド型の教育を提供するようになってきています。

アメリカでは、ICTを活用した教育を活かせる層はそうせず高価な教育に固執する一方で、活かせない層が活用に走り安かろう悪かろうな教育の犠牲となり、極一部の例外(ICTを活用した教育を活かせる層が実際に活かした・社会経済的に恵まれないけど優秀な子供が活かした)がICT教育万能論という虚構を振りまく地獄絵図が繰り広げられる、と私は見立てています。この構図は様々な分野で見られるアメリカン・ドリームの虚構そのものなので、それほど悪い見立てでは無いと思っています。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。