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自己紹介(3):学術論文の書き方(下)

自己紹介(3):学術論文の書き方(上)の続きです。拙論が成立した過程を説明していきます。


トピックは自由花運動

戦前、生け花の世界では、西洋藝術の影響で自由花運動が起こります。生け花の歴史上、とても大きな変革です。これをテーマに論文を書こうという場合、自由花運動をいくら詳しく調べ、記録していってもそれはただのデータの集積でしかありません。

そんなものはいくら内容が詳細であっても、中学校の自由研究レベルであって、大学レベルの論文ではありません。もちろんそれも無意味ではありません。歴史的事実の集積にも用途はあります。

ただ、大学のいかなる学位もいただけないでしょう。分析も考察もないからです。リサーチ・メソドロジーのない文章は論文ではありません。

時に、例えば「歴史上重要なものであることが分かった」などと「分析、考察」を唐突に付け加えたりしている場合もあるようですが、そんなものは考察とは言いません。感想でしょう。

論文の生命はここ

自分の収集したデータや調査結果を俯瞰して、距離を置いて眺め、一体ここでは何が起こっているのか、と客観的に捉える視点、抽象的に考えていく力。

重要なのはそこです。観察された事象をまとめたり、比較したりして、関係性やパターンを見出すという抽象的な思考力を養う機会に恵まれなかった方には、学術論文の作成はかなり困難かもしれません。

もしかすると、事実を集積して、暗記して、という知は日本の受験勉強型の知の使い方かもしれません。受験型秀才の得意とするところでしょう。

しかし、私がここで説明しようとしている、ワクワクするような学術論文作成に要する知とはもっと創造的な知なのではないかと思います。

調子に乗って、生意気な事を言っていますね。反省しつつも、続けます。

どう分析するか

さて、私の論文に戻りましょう。自由花運動はどのような角度から検討していけばいいのでしょう?

これは生け花の変革です。生け花すなわち文化のひとつです。
ということは文化変容という切り口から分析できないだろうかと検討してみます。それでうまくいかなければ、また別の切り口を探すまでです。

この段階で、私の思考は、自由花運動を離れています。研究対象の歴史的な事象を離れ、抽象的な理論に注意が向いています。眼前の研究対象をどんなナイフで料理(分析)しようか。そのナイフを見つけ出そう、研いでいこうということです。

文化変容にはどんな理論があるのだろう?
どんな研究があるのだろう?
類似の問題を扱った研究はないだろうか?
と、みていくといくらでも出てきます。
文化人類学、社会学、カルチャル・スタディーズなどなど。この段階、つまり文献レビューの前段階ですが、ここに時間をかけることが重要です。

もちろん、予め自分の分野が特定されているならその中で文化変容についての論文を次々読んでいきます。

ブルデューで行こう

文化変容理論の中では、特にフランスの社会学者ピエール・ブルデューの理論の影響力が大きいということがわかりましたので、彼の主著を読んでいきます。これにはかなり苦労しました。難解なものばかり。

ブルデューの芸術変容の理論を理解すればするほど、自由花運動についての歴史的な記述に、疑問が生じてきます。理論を手にすることで、研究の対象がより明確に見えてくるのです。

最大の疑問は、戦前の「自由花運動」が戦後の「前衛生け花」に発展していったという主流の言説は正しいのだろうか、というもの。両者には共通点もあるのですが、相違点も非常に多い。

相違点に注目するなら、自由花運動は「前衛芸術」的であるのに、戦後の前衛生け花は、前衛というより「商業芸術」に近いのではないか、と思えてきました。

新しい解釈の可能性

論文の中心は、歴史的事象の記述ではなく、その解釈です。分析と考察、です。

まずは、ブルデューの芸術変容の理論がここでも当てはまるのか?と考えていきます。ブルデューの理論に反する点はないか、もしあるとすれば、ブルデューの芸術変容の理論に欠点や改変を要する点があるのかもしれません。理論を磨き上げていく感じです。このあたりの作業はとてもワクワクします。

そして、なんとか抽象的なレベルで新しい解釈の可能性を提示することができました。ここまで到達して、私の論文はほぼ完了。論文の骨格ができ、重要な点はおさえたので、あとは書き上げるだけです。

小さな発見でいいのです。通説を批判するとか、新説を提出するというところまでいかなくても、学士レベルでしたら、通説に疑問を投げかけることまでできれば十分でしょう。

私の今回の論文は、そのような研究初心者の取り組みの一つの例になっているのではないでしょうか。恥じらうこともなく、自画自賛しております。大学生向けの教科書の一章という事で、いろいろ配慮したつもりです。良ければぜひご一読を。

2022. 新保逍滄、第二次大戦前後の生け花場における自由花運動の相対的位相「はじめて学ぶ芸術の教科書、伝統文化研究編」井上治、森田都紀(編)、京都芸術大学芸術学舎
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