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中村天風先生の一日一話

私がずっと大切にしている考え方に、中村天風先生の教えがあります。

父が若い頃、放蕩息子で護国寺の「天風会」に修練に行かされたことに端を発するのですが。それから、父は死ぬまで天風先生の教えを守り、認知症になっても、明るく楽しく前向きに生き抜きました。

noteもここの所忙しくて疎遠になっていたので、何かネタを見つけて書こうと思います。そこで、天風財団さんには無許可で中村天風先生の一日一話を書かせて頂こうと存じます。

多分、一日一話でなく、何日分が一緒になるときもあると思いますが、ご愛嬌、よろしくお願いいたします。

8月17日 心の区別

 心というものにはどんな区別が存在しているかというと、心にはその性状と活動の状態から大別すると、次の二つのものがある。すなわち「肉体生命に属する心」と「精神生命に属する心」である。
 そして、肉体生命に属する心の方は、さらに、これを細分すると、その内容に「物質心」「植物心」「本能心」という三つのものが存在する。一方、精神生命に属する心には、「理性心」「霊性心」という二つのものが、その内容をなしている。

8月18日 本能心

 本能心は人間の肉体生命の生存を確保するために存在している。したがって、人類生命中の動物的方面の生存と生活に必要な各種の作用や職分をこの心が司っている。
 たとえば、食欲、性欲、その他肉体の欲求から発生する各種の欲望、または一切の感覚念などといったものがそれである。一般の動物的感情情念、すなわち、闘争心、復讐心、憎悪心、猜疑心、嫉妬心というような動物本来特有の低求心性もこの本能心から発露しているのである。

8月19日 理性心

 理性心というものは、事物事象に対する推理推考を司どる心で、俗に理性というのは、この心の活動減少に対する名称である。
 学者の中には、人間の心の中には本能心より階級の高い理性心というものがあるから、本能心はこの理性をもって統御支配するのがよいと説いている人もある。
 がしかし、これには断然私は不同意である。理性心には完全に本能心を統御する力がないからである。

 

私のコメント

 いや~、私は動物本来特有の低求心性、脳でいうと大脳新皮質より、辺縁系の方が強いのかな。最近、あんまりこうした低求心性が現れないと思っていましたが、詐欺に遭い闘争心と復讐心、憎悪心が一気に噴き出しました。

 でも、ぐらぐらネガティブな感情が渦巻いていると仕事や生活によくないと思い直し、すぐに冷めてしまいました。

 天風哲学を学んだ父も、よく人に騙されていました。親子よく似るものですね。父を騙した人のうち一人は、のちに自殺のような自爆事故を起こし、亡くなってしまいました。もう一人は、首を吊って亡くなってしまいました。

 いやな気分に支配されずに、崇高な心持で生きていきたいです。

 

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