「音楽と街がうまく付き合ってくには」という、答えのない話

僕のSNSタイムラインは、青山のクラブ「蜂」が摘発された話題でもちきりです。

渋谷でクラブ無許可営業、3人に容疑 改正風営法初適用(朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/articles/ASL1Y3SJGL1YUTIL00L.html

だいぶ若い頃、アミイゴコイケさん、Small Circle of Friendsの東さん、クラムボンのミトさんがレギュラーDJだった「ホームラン246号」というイベントに遊びに行っていた、いろいろと思い出のある場所です。
その後会社員時代には通勤路で、4年くらい毎日横を通っていたこともあったり、一度恐れながらDJをさせていただいたこともありました。
「蜂」を出た明け方の、青山通りの色や匂いが、好きです。


法律の話は、「クラブとクラブカルチャーを守る会」藤森弁護士のブログが大変わかりやすいので、必要な方はご参照ください。
http://colere.hatenablog.com/entry/2015/05/28/234010

2016年、いろいろな方の尽力で風営法がようやく改正され、届けを出せば合法的にクラブを営業できるようになりました。
(それまでクラブ=夜中に音楽をかけて踊る営業は、例外なくどこも「脱法」だったんですよ。)
ただそれでも、オーケーとなるには「決められた地域の中で、かつ住宅地から離れてないといけない」んですね。
「蜂」は、この地域に当てはまらないため、届けを出せなかったわけです。

実際のところ、届けを出さずに、または出しても許可が下りない地域で、ゴニョゴニョと営業しているお店は、他にも山ほどあると思います。
その中でなんで今回「蜂」だけが、逮捕にまで踏み切られたかっていうと、推測の域を出ませんが、やっぱり報道にあるように、周辺住民からの突き上げがすごかったんだろうなと思うんです。
(だいぶ前ですけど、「苦情すごい」っていう話は何度か耳にしたことがあります。)

行ったことある方はご存知の通り、「蜂」って不思議な立地で、離れ小島みたいな一角にあって、裏路地に面してて、近くに外階段があり(且つ、以前は目の前が小さい公園のような空間になっていて)、なんというかまあ、フロアから出てきた人が周辺にとてもたまりやすい構造なんですよね。
近くのコンビニとのにぎやかな行き来も、まあまああったと想像されます。
(音漏れについては、前は国道、裏は青学ですし、通りを隔てた先にまで漏れ聞こえていたとは正直考えにくいんですけど……まあ、気になる人には気になったのかもしれません。)

「蜂」が歴代(経営は何度か変わっているはずです)、周辺地域の方とどのようなコミュニケーションをとってきたのか、僕は知りません。
うまくやろうと頑張ってきたが限界だったのか、うるせー関係ねえ的スタンスだったのか。
前者なら大変同情します。
が、結果として、仮にもし地元ともう少し良い関係を築けていたら、こうはならなかったんじゃないかと、やはり思うわけです。

逮捕のニュース以来、音楽界隈の皆様からの「クソ国家権力め」、「そもそもカウンターカルチャーだし」といった声を、案の定ネットで次々目にします。
気持ちはわかります。よく、わかります。
が、せっかく法律を多少は良い方に寄せることに成功して、うまいことやってく道を探ろうという時に、「うるせー法律とか関係ねえ、パーティーを続けよう」というのは、ますます自分達の首を絞めると思うんですね。
そこは、やっぱりこう、狡猾に、共存していく道をこそ、探りたいじゃないですか。

特にこれからの時代、「渋谷や六本木のど真ん中でEDMかける大ハコ」じゃなくて、「ちょっと変なとこで、小さく面白いことをやっているハコ」って、重要だと思うんですね。(後者は今のところ、合法化するのが困難なわけですが。)
クラブに限らず、商業地のど真ん中じゃない場所でこそ、その場所ならではのローカル&ミニマムに文化的な営みがどんどん発生・成熟していったら面白いし、世の中がどんどんそっちに向かっていったらいいな、と、思っています。
となると、「地元に歓迎される(なんなら、巻き込む、一緒に楽しむ)」というのは、やっぱりますます肝になってくると思うんです。

地域から孤立してやっていくより、その方が「得策」だし「楽しい」はず。
自分らが楽しいと思ってやっていることに、地域の人もふらっと来てくれて、一緒に楽しんでくれたら、素晴らしくないですか?

そのために、内容面で媚びたり迎合しなければいけないかというと、決してそんなことは無いんだ、というのは、去年、神戸の塩屋という小さな街で教えられました。

「しおさい 歩き回り音楽祭 2017」の話(facebook)
https://www.facebook.com/sho.sakai.58/posts/10210077205998002?pnref=story

これはまあちょっと極端な例ではありますが、でも、地域と文化を考える上で、とても強力なサンプルケースだと思います。


あと、たまたま昨日、こんなポストも目にしました。

「喫茶ランドリー」はどうしてヤバい?市民の能動性を引き上げ、受け入れる。グランドレベルの壮大な実験がはじまりました。(note)
https://note.mu/masakimosaki/n/n7ff69f4a3067

なるほどなー。
音楽のハコも、「(外から来る)イベントや演者やお客さんを入れる器」としてでなく、「その土地・場所にある、そこに建っている空間」である、という側面について、もっと考える余地がありそうです。
そこから生まれてくる固有性だって、きっとあるでしょう。


普通のおじさん・おばさんの気持ちになってみれば、そりゃ、朝まで酒飲んで踊ってる奴ら、訝しいですよ。
ちょっと怖いから、ビビらないように余計強硬に出てる、みたいなことだって、あると思います。
でも、「なんか怖いと思ってたけど、しゃべってみたらいい奴だった」となるチャンスは、多くの場合きっとあるんじゃないかな。
(一般論として。繰り返しますが、「蜂」が地元とどういう会話をしていたのか/いなかったのか、僕は知りません。頑張ったけど無理だったという、悲しい話なのかもしれません。)

つっても具体的にどうすりゃいいの、って、そこは、ゴニョゴニョと辛抱強く、トライ&エラーを繰り返していくしかないですよね。
僕も頑張ります。


長くなってしまいました。最後に。

生の音楽体験がもっと身近なものになればいい、と、常々思っています。
自称音楽好き達だけでなく、もっと広く「地域の人、普通の人」が、テレビやネットで耳にするものだけでなく、音楽の現場に足を運んで、目の前で、五感で、音楽を楽しむ習慣が作れたら。もっとそれが一般的になっていったら。
今より世の中ちょっと楽しくなる気がしますし、それこそ、音楽を提供する側の僕らの経済だって、よく循環するじゃないですか。
「蜂」の一件、音楽側の人間こそ、摘発に憤るだけでなく、こういうことを考える契機として、有効に使っていけたらいいな、と思った次第でした。



※このnoteを書いているのはこんな人です。
酒井 匠(音楽コーディネーター、文化系なんでも屋)
・催事やパーティーに、生演奏をご提供します。
・音楽を用いたブランディングや広報、地域振興をご提案します。
その他イベント企画・制作、音楽制作、飲みの誘い、各種お気軽にご連絡ください。
Web: http://www.shosakai.com/ Mail: info@shosakai.com

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