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映画『トノバン』が良かった。

試写を拝見した映画『トノバン 音楽家加藤和彦とその時代』がとてもよかった。

加藤和彦と親交のあった人たちが彼のことを語る映像で、ほぼ全編が構成されている。ナレーションは無し。また、本人映像もかなり少なく、特に本人が話している映像や音声はほとんど無かったように思う。このつくりが、かえって立体的に「加藤和彦とは」を描き出すことに成功していると感じた。雰囲気だけの風景カットみたいなものも出てこない。

加藤和彦を追想したり振り返る企画は今まで、どうしても(きたやまおさむが語り部としてあまりに雄弁で的確であるがゆえに)“北山史観”に偏りがちだったように思う。本作では、きちんとそれ以外/以降の視点がふんだんに導入されている。
(余談だが、昨年の狭山ハイドパーク・ミュージック・フェスティバルも「フォークル以後が1曲もない加藤トリビュートはなんだかな……でもきっとそうなるんだろうな……」と思って見に行ったので、スカート澤部さんの歌う「どんたく」がねじ込まれていて本当にホッとした。)

サディスティックミカバンドの面々が登場するのはもちろんのこと、例えば松任谷正隆が吉田拓郎を相手に、ミュージシャンとしての初仕事を加藤から受けた話を語ったり(これはラジオ収録のアーカイブ映像)、クリス・トーマスもしれっとインタビューに応じていて「ミカはピッチが悪くてね〜」なんて言っている。ミュージシャンばかりでなく、裏方がたくさん登場するのも良い。

映画は加藤ヒストリーを時系列の通りに推移するのだが、70年代末〜80年代頭の話題になると、それまで音楽関係者だけだったインタビュイーが一転、飲食店店主やファッションデザイナーばかりになるのは示唆的だ。趣味人としてのセンスの良さと同時に、批判的とまでは言わないものの、ある種スノッブな加藤の姿も映し出そうという監督の意図が見える。当時の作品=いわゆる「ヨーロッパ3部作」について、高橋幸宏が「決してセールスがよかったわけではないのに、決してギャラが安くないミュージシャンを引き連れて1ヶ月とか海外にレコーディングに行って〜」とコメントするのも生々しかった。

そういえば演奏技術面の話はあまり出なかったな、と思っていたら、最後に高野寛と高田漣のコメントでしっかり補足される。このように、全編を通して加藤氏のいろいろな側面が巧みに網羅されており、監督の知識と編集センスの高さを感じた(相原裕美監督は音楽業界の出身で、映画作品は本作が3作目だという)。

少ない演奏シーンでは、テレビ収録と思われる「せっかち」がとてもかっこよかった。ドラムはつのだ☆ひろ(氏はインタビューにも答えており、これも面白い)。撮り下ろしのトリビュートセッション「あの素晴らしい愛をもう一度」には、ジャズベーシスト/シンガーの石川紅奈が参加しており、意外な器用だがこれが想像以上に良い。

「音楽好きでこの時代のあれこれは聴いている方だけど、加藤和彦のことはあまりよく知らない」という人に、強くおすすめしたい映画だった。
5/31(金)より全国公開。


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