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千鳥足でゆけ

彼は酔っぱらっていた。それは彼の歩き方からもわかった。千鳥足で、左右にふらふらと揺れながら、家に向かっていた。彼は仕事で失敗したことを忘れようと、飲み屋で一人で飲んでいたのだ。彼は自分の人生に絶望していた。何もかもうまくいかない。妻にも愛想を尽かされて、離婚の話が出ていた。子供たちにも見放されて、連絡も取れなかった。彼は自分の存在意義を見失っていた。
彼は道路を渡ろうとした。信号は赤だったが、彼は気にしなかった。車なんて来ないだろうと思った。しかし、彼は間違っていた。突然、ヘッドライトが彼の目に飛び込んできた。彼は驚いて、身をかわそうとしたが、遅かった。車は彼に激突した。
彼は気がついたとき、病院のベッドに横たわっていた。彼は何が起こったのかを思い出そうとしたが、頭が痛くて思考がまとまらなかった。そこへ、白衣を着た男がやってきた。男は笑顔で言った。
「おめでとうございます。あなたは奇跡的に一命を取り留めました。しかし、残念ながら、あなたの両足は切断せざるを得ませんでした。でも、心配しないでください。私たちはあなたに最新の義足を装着しました。これは特別な義足で、あなたの脳波と連動して動きます。あなただけのオリジナルの歩き方を作ることができます」
男は彼にリモコンを渡した。「これで義足の設定を変えることができます。色々試してみてください」と言った。
彼はリモコンを見て、不安になった。自分の足がなくなってしまったことに対するショックと、義足に対する不信感が交錯した。しかし、男の言葉に従って、リモコンのボタンを押してみた。
すると、驚くべきことが起こった。義足が動き出したのだ。しかも、普通の歩き方ではなく、千鳥足で歩き始めたのだ。
彼は呆然とした。「これは何だ?千鳥足で歩くなんて……」
男は再び笑顔で言った。「これはあなたの脳波が作り出した歩き方です。あなたは千鳥足で歩くことに慣れているからでしょう」
「慣れてる?何を言ってるんだ?」
「あなたは酒好きですよね?酔っぱらって千鳥足で歩くことが多かったんじゃないですか?それがあなたの脳に刻み込まれているんです。だから、義足も千鳥足で歩くようになったんです」
「そんな……」
「でも、これはあなたにとって良いことですよ。千鳥足で歩くことは、バランス感覚を鍛えることになります。あなたの脳は千鳥足で歩くことを楽しんでいるんです。あなたはこれから、千鳥足でゆけるんです」
男は彼の肩を叩いて、去っていった。
彼は義足を見つめた。千鳥足でゆける?それは本当に良いことなのだろうか?彼は自分の人生について考え始めた。千鳥足でゆけるということは、何を意味するのだろうか?彼は混乱した。
しかし、彼は気づかなかった。義足が彼の心にも影響を与えていたことに。義足が千鳥足で歩くことで、彼の心も千鳥足で動き始めていたことに。彼の心は左右に揺れながら、新しい方向に向かっていたことに。

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