見出し画像

巨人・丸佳浩が5月23日から変わった理由。を広島ファンが振り返る

note デビュー戦です。

よろしくお願いします!

この記事を書いてる私は実はカープファンだ。

ジェラシーを感じながら今の丸のプレーを見ている日々なので、偏った意見があるかもしれない。

しかし巨人ファンの方も”カープファンが変な事言ってるな”くらいに見てくれたら嬉しい。

□丸佳浩が広島ファンに愛された理由

そもそもカープファンがなぜ今の丸佳浩について書くのか。私はこの事から理解して欲しいと思った。そこでなぜこの選手がカープファンに愛されていたのかを分かって欲しい。

なぜ丸が愛されたのか。

なぜカープファンに愛されていたのか。

・暗黒時代だったカープ

巨人ファンの方は理解に苦しむかもしれないが、カープは15年間もの長い間Bクラス(4位~6位)に沈んでいた。更には、25年間、四半世紀も優勝から遠ざかっていた。

当時の外野陣もライト広瀬、センター赤松、レフト天谷と3人とも、30歳近くとチームとして弱いのに若手を使って将来への投資をするわけでもない最悪の状態だった。

そこで現れたのが丸佳浩。

・チームに新風を吹かせた”キクマル”

菊池涼介と若手のキクマルコンビを形成して、”負け癖”のついていたカープに新しい風を吹かせてくれた。

丸のプロ初ヒットの時の映像を見れば分かる通り、弱小カープを見に来るファンは居らず、新球場だと言うのに今では考えられないほど空席だらけなのが当たり前。

https://youtu.be/Wjf1Fo1jtQ8

・若手主体のチームへ

しかし、キクマルコンビが新しい風を吹かせてくれた事で周りの同世代の選手も触発されたのか、若手主体のチームへと変化していった。

その結果、新球場マツダスタジアムのファンもみるみるうちに増えて今ではチケット入手困難になるほど、満員が当たり前になっている。

そしてキクマルコンビが新しい風を吹かせてくれた結果、2013年には15年ぶりにAクラス(3位)入りすることが出来た。

クライマックスシリーズ1stステージで360度阪神ファンで完全アウェイが当たり前だった甲子園球場のレフトスタンド、更には3塁側内野スタンドを真っ赤に埋めたカープファンの光景にはものすごい感動したのを今でも忘れられない。


・2016年9月10日

そして2016年9月10日。なんと25年ぶりのリーグ優勝を果たす。

相手は四半世紀もの間、コテンパンにやられ続けたジャイアンツ。それも東京ドームで。

この時も、クライマックスシリーズの甲子園の時と同様に東京ドームをカープファンで真っ赤に埋めて異様な雰囲気に包まれていたのが忘れられない。

ファンとしてはこれ以上の喜びは無いし、黒田と新井の抱擁に涙したカープファンも少なくないと思う。

とうとうベテランとなった功労者の2人が、優勝に涙して抱き合えたのは紛れもなく優勝に導いた若手であり、それを牽引した菊池、丸だった。

この25年振りの優勝に広島の街は赤いカープのユニフォームを着た人で溢れかえり、まさに"狂喜乱舞"だった。

カープを3連覇に導き、Aクラス常連にまでしてくれたのが丸佳浩が愛された理由だ。

□巨人・丸佳浩を振り返るにあたって

何度も言うがこの記事を書いている私はカープファンだ。2016年のカープのリーグ優勝に涙し、3連覇に驚いたその直後に、丸の巨人移籍したのを見届けている。

2019年シーズンが開幕した直後から、夏場頃まで丸の巨人のユニフォーム姿には慣れることは無かったし、悔しく思えた。

カープの丸佳浩が大好きだったから。

好きだっただけに余計に悔しく思えて、正直言って見るのが辛かった。丸ポーズなど見ていられるはずが無かった。同じ思いを抱くカープファンは少なくないはずだ。

しかし、自分で解決できるものではなく、何度も『巨人・丸佳浩』を見て慣れるしかなかった。日本シリーズでの大不振も嬉しいのか、悔しいのか分からなかった。

そんな中でも、これまで見ることすら辛かったカープファンがあくまでニュートラルな立場で『巨人・丸佳浩』の1年間を振り返る。

・前提

これからいくつかのデータを見ていく中で、1つ読む前に前提として覚えておいて欲しいことは広島時代と巨人時代を比べるに当たって、広島最終年となった2018年シーズンの4月28日の阪神戦。センターでの守備機会時に前に飛んだフライを捕ろうとダイビングキャッチを試みた際に、筋挫傷になり1ヶ月間の戦線離脱(この1ヶ月が無ければ50発?)を余儀なくされている。この結果、試合出場数、打席数が減っている事がこの後のデータを比べる際に率のデータとそれ以外に区別している理由だ。

□広島時代のプレースタイル

丸佳浩の広島時代のプレースタイルといえば”走攻守”三拍子揃った選手。それは巨人に移籍した今もあまり変わらないイメージだ。

そんな中でも『打』の部分にフォーカスする。

丸の打撃のスタイルは、一言で言うと”球を引き付けて打つ”タイプの選手だった。それは色々な結果を見れば分かる事で、データとしても出ている事だった。今回はそれを紹介していきたい。

・選球眼の丸佳浩

まず、四球の多さだ。球を引き付けて、最後の最後まで見ることによってストライクかボールかを見極めることが出来ていた。いわゆる”選球眼の良い打者”だった。

丸の四球の数は金本知憲の球団記録を塗り替え、王貞治の域まで達していることが下の結果を見てもわかることだ。

そして、選球眼の良さを表す指標[IsoD]は0.163を記録しており、これは12球団No.1の記録だった。

四球の数がこれだけ多いということ記録が、まさに球が自分の手元に来るまでギリギリまで見極めて打っているかがわかる事かと思う。

・平成のミスター赤ヘル

更には四球が多いので出塁率も[.468]の12球団1位。相対的に出塁率とも連動している打者の能力を評価するOPSの指標でも[1.096]でこれも12球団1位を記録し、名実ともに広島、日本の大打者になり『平成のミスター赤ヘル』とも言われていた。

https://bunshun.jp/articles/-/6032

とにかく私の言いたいことは広島時代の丸は球を引き付けて打つ打者であり、”それは四球の数を見ても分かる事だ”ということだ。

□5月23日から変わった理由。

とうとうこの記事の”オチ”が分かる。

先にこの5月22日の試合の結果を言うと、ジャイアンツは横浜DeNAに敗戦し、その結果、5ゲーム差以上を逆転され首位にいる広島に1.5ゲーム差に離されたという試合だ。この試合の9回裏、巨人の攻撃は強力クリーンナップに回った。丸佳浩、岡本和真の3、4番コンビだ。

結果はまさかの2者連続の見逃し三振。これを見た原監督は憤りを感じていたのかもしれない。

・原辰徳の発言

これは実際の試合後の原監督のコメントだ。

”  クリーンアップが見逃し、見逃しという三振ではね。凡打の内容が非常に重要だというのは分かっているところでしょう  ”  

原監督の言いたい事は”凡打は良いとして内容ってもんがあるだろ”ということなのだろう。確かに勝たなくてはいけない試合で最終回にクリーンナップに打順が回ってきて連続見逃し三振で腹たつのも重々分かる。

・人気球団”読売ジャイアンツ”

広島時代よりも人気球団として大々的に報道されるジャイアンツなら、監督が自分に大して苦言を呈しているのは”丸本人の耳に入ってしまっているかもしれない”

あくまで仮説として”発言が影響してるのでは?”と思い、原監督に上の発言があった5月22日までと5月23日からシーズン終了までの丸の打撃のデータを比べることにした。

□発言以前と以後のデータを比べる

前提として半年前、FA交渉の時に巨人の監督として直接自分を説得してくれた原監督に良い姿を見せたいと丸が思うのもおかしくは無い。その監督に『見逃し三振はダメだ』とコメントされたら次から改めようと思うのは当たり前のこと。

『見逃し三振をしてはいけない。』と思った丸本人がその後、どう改めようかと思うのか。答えは単純に『積極的に振っていこう』『追い込まれたらゾーンを広く』という事だろうと思う。

・ゾーン別の打率データ

これが実際に調べて出てきたデータだ。

上のデータは5月22日に『見逃し三振はダメ』となって、翌日の5月23日からどう改めたのか分かるデータ。わかりやすく言うと、開幕戦ー5月22日と翌5月23日ーシーズン終了までのゾーン別打率データだ。

見れば分かる通り、アウトロー、内角のコースのボールに手を出す事によって、苦手なコースが明らかになって来ていることが分かる。

ここからは苦手なコースに手を出すようになった丸がどう変わっていくかが分かる事となる。

□苦手なコースに手を出す事で起きる弊害

・三振率の増加

既に述べている事だが、原監督は『見逃し三振をして欲しくない。』と言ったのにも関わらず、あろうことか逆に三振率が増えてしまっていたのだった。

これまで三振の数を増えているということを説明してきたが、5月22日の出来事から苦手なコースに手を出すようになった事が起こした弊害はこれだけでは無かった。

・選球眼が悪くなる

見逃し三振を恐れる事によって、球を手元まで引き付けてギリギリまでストライクかボールかを見極めるスタイルから逸れたからか2018年は125試合で130四球だったのに対して、巨人移籍1年目となった2019年は143試合でたった86四球に留まったのだった。  

更には、選球眼の良さを表す指標[IsoD]も2018年シーズンセ・リーグ1位の0.163から2019年にはリーグ7位の0.097に悪化していた。上にある広島時代の丸のスタイルとは少し違っているように感じてしまう。

・出塁率の激減

考えればわかってしまう事だが、四球率が激減すると連動して来るのが出塁率。2018年にNPB第1位を誇っていた出塁率も、2019年にはリーグ5位になっていた。そしてそれにまた連動してOPSもリーグ7位に甘んじる事になった。

・他の主要成績

上にあるように、苦手なコースに手を出すようになった事による弊害[三振率の増加、四球率の激減、出塁率の減少]によって主要成績も下降の一途を辿ることになった。

成績が下降してるという事実のもと、四球率、三振率、出塁率といわれても抽象的だったものが上のデータではっきりと見えてくると思う。本塁打も広いマツダスタジアムで39本なのに対して、東京ドームならもう少し期待したいところだったはずだ。

□リーグ屈指の強力巨人打線

三振率の増加、四球率の激減。これらのデータを見ても、原辰徳の『見逃し三振はダメ』という発言は”チーム第一に考えたらこの発言は間違っていない”という考えの人もいるかもしれない。

しかし、ご存知の通り、2019年のジャイアンツは5年ぶりのリーグ優勝を果たし、肝心の打撃でも安打、OPS、本塁打の数でリーグ1位を誇るお世辞抜きで強力打線と言えるものだった。

何度も言うが、リーグ優勝をした強力打線のその中で3番打者を丸が任され、後ろには本塁打を31本放った岡本和真、21本放ったアレックス・ゲレーロがいる。ここから言えることは、十分に丸を変えせるバッターが後ろにいるという事だ。

後ろに丸を返せるバッターがいるというのに、『見逃し三振がダメ』という理由で出塁率を下げることになったということは、”チームバッティングとも言えない”上に、丸自身の成績も下がっているため”丸個人を思った発言”ともなっていないという事だ。

あくまでこの発言は環境が変わった丸の成績を下げてしまう一因だと思うが、一因になってしまったのも事実だと思う。

□カープファンとして言いたいこと

この事実から、ではなぜ出塁率を下げ無くてはいけなかったのか。出塁率が上がれば広島時代の鈴木誠也、エルドレッドと同じように後ろに返す打者がいたという事は”広島時代と同じようなバッティングをすれば良かったのに”。とカープファンとしては思ってしまう。出塁率が高いということはチームへの最大の貢献だったのだ。

勝たなくてはいけない試合でクリーンナップが連続見逃し三振で憤りを感じたのは重々承知だ。がしかし、自分の影響力や効果があるのかを考えて発言して欲しかったというのがカープファンとしての意見だ。

□最後に

去年、2019年シーズンの丸を見ていて、結果を振り返って、今年の丸に言いたい事は、”のびのびやって欲しい”という事だ。もちろん、地方の広島にある球団から1番の人気球団である読売ジャイアンツに2年連続MVPとして移籍して、メディアやファンから”5年ぶりのリーグ優勝をしたい”と期待をかけられ、プレッシャーに感じるというのもわかる。以前、阪神に在籍していた新井貴浩も『あそこにいる人にしか分からない』と語っていた。だがしかし、期待をプレッシャーに感じてしまって成績を落とすのは勿体ないと思う。なので、ぜひ2年目を迎える今季はその環境に慣れ、広島戦以外で活躍して欲しいというのが正直なところだ。(笑)そしてこの記事の最後にカープファンとして丸にお願いしたい事は”鈴木誠也を巨人に連れていかないでくれ”という事だ。そして、また今年も『巨人・丸佳浩』と向き合いながら、”もう一緒に戦うことはない”という事実と向き合いながら、今年の夏の東京オリンピックで侍ジャパンのユニフォームを着た丸佳浩を応援できる日を楽しみにしたい。

□お願い

ご精読ありがとうございます。これが1つ目の投稿でした。これからも投稿を続けていくつもりなので、フォローしていただけると大変嬉しく思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?