おっぱいと、息子【育児日記vol.1】

出産とは、産んで終わりじゃないからね。ながいながい子育てのスタートラインにようやく立ったのであるよね。


息子を渾身の力で出産後、翌日からさっそく母子同室になり、「母親業」がはじまった。
縫合した股の痛みでうまく座ったりトイレに行ったりできない、自身の身体も完全に健康ではない中で、おむつの替え方とか、ミルクの作り方とか、おっぱいのくわえさせ方とか、代わる代わる病室にやってきてくれる助産師さんのレクチャーを必死で覚える。


私は割といろいろな物事に対し周到に準備してからのぞむ性格ではあるものの、妊娠中はもっぱら「安産のための体操」とか「陣痛の乗り切り方」とか「入院バッグに入れといた方がいいもの」とか、主に出産にいたるまでの準備は万全にしていた一方で、正直、出産後のことは産んでから考えようみたいなところはあった。


育児の本などは読んでみるけど、産んだあとの授乳、おむつ替え、沐浴、寝かしつけなどの色々な手技や1日のタイムスケジュール、月齢ごとの成長の流れとかは、自分の身になってみないとぴんと来ないものがあるし、赤ちゃんの個性にもよるヨネー。と思っていた。

その最たるものが、授乳である。母親の1日のスケジュールの大部分を占め、そしてある程度技術が必要とされる(とは思っていなかった)、授乳…。そして、これこそがまさに産んでみてからじゃないとわからん一番の不確定要素なのであった。

そもそも、赤ちゃんへの授乳方法は、母乳だけで育てる完全母乳(完母)、ミルクだけで育てる完全ミルク(完ミ)、母乳もミルクもあげる混合栄養(混合)という3種類がある。この辺は当然、妊娠中に母親学級などで学んで把握している。


で、妊娠するまで知らんかったけど、母乳というのはとにかくすごく栄養価が高いスーパーフードで、赤ちゃんを病気から守るし、お母さんの身体の回復を早めるし、なにより経済的だし、とにかく、母乳育児はいいことづくめ!ぜひ、赤ちゃんに母乳をあげよう!みたいなことを、いろいろな角度から刷り込まれるのである。
(もちろん市販のミルクも母乳と同じくらい栄養あるので問題はないし、投薬とか仕事とか色々な理由で完全ミルクを選択することも全然OK、みたいなことも同時に学ぶ)

で、誰でもあげられるし別にミルクで育てればよくない?と思っていた私も、上記のような情報に色々と触れた結果、出産直前の心持ちとしては、
「母乳、もし出るならあげよっかな。まあ、
出なくても、ミルクで全然いいぜ。」くらいのものであった。

しかし、この、「出るならあげよっかな」という軽い気持ちが産後の私を大いに苦しめ、想像を超えて大変しんどいものになったのである。


母ちゃんもビギナーですので

当然授乳は産んだ直後からスタートするのであって、助産師さんからのレクチャーもそこそこに、いきなり我が子に対して実践演習である。
目の前でお腹をすかせた我が子がふぎゃふぎゃ泣いており、これにどう対処するかをOJTで身につけてゆくほかないのである。

まず、おっぱいをあげる前の儀式として、最初は乳首を指でコネコネマッサージして、おっぱいを出す準備をする。
母乳というのは赤ちゃんを産んで胎盤が排出されると作られる(それも知らんかった)ので、私の身体も、おそらく急ピッチで、母乳の生産にとりかかっていたのであろう。

そして乳頭を一生懸命マッサージした結果、じわっ…。と、ついに乳首の先から母乳のようなものが出てきた。

我が乳に、新機能「母乳を出す」が搭載された瞬間、めちゃくちゃ興奮したものの、最初に出たのは、ぽた。ぽた。と2滴。

えっ…?に、2滴…?

そこから先は、うんともすんとも言わなくなり、もとの物言わぬプレーン乳首になってしまった。

この世には2種類の母親がいる。最初からおっぱいがじゃぶじゃぶ出るものと、そうでないものだ…

で、私は圧倒的後者であった。


助産師さん曰く、「出産の時に大量出血したりすると母乳が出づらいこともあるんですよー。母乳、赤ちゃんが吸ったら作られるので、出なくても吸わせてくださいね」
とのことであったので、とりあえず、おずおずと息子を抱き上げ、おっぱいを口に含ませてみる。すると、かぷっ。と反射的に乳首をくわえる。

おお!すごい!これが吸啜反射!人間の本能!
と思うまもなく、一瞬でぺっ。と乳首を離す息子…。



そう。
わたしにはこの視点が決定的に欠けていたのだけど、私が母親1日目であるならば、息子は当然この世1日目であるわけで、母子お互いに初心者なのであって、乳を与える者・飲む者の双方が不慣れなため授乳がうまくいかないのは致し方のないことである。

でも、目の前で泣く我が子に、焦る私。なんも出ない乳を吸わされてますます不機嫌になる俺。おいしいパスタ作ったお前…。


とりあえずミルクは飲んでくれるけど、出産直後の私をますます焦らせたのが、出産直後のわずかな期間にしか出ない「初乳」という期間限定プレミア母乳の存在。
産んだ直後の数日間だけ出る、簡単に言うとものすごく栄養価の高い母乳でぜったいに赤ちゃんにあげましょう、と言われているものである。

これをなんとかあげなければと、いつの間にか最初の「母乳出ないならミルクでいいや〜」の楽観はどこへやら、とにかく躍起というかもはや半分やけくそで、出ない乳を一生懸命吸わせていた。

そして「吸わなければ母乳は出ない」→「でもうまく赤ちゃんが吸えない」→「それがストレスで眠れずにますます母乳が出ない」という完全な負のスパイラルに陥り、気持ちがものすごく沈んで産後2日目くらいの深夜にわんわん泣いた。
私、とんでもないものを産んでしまったのではないかしら、というパニック状態に陥ったのである。

まあそれはそうで、突如降りかかってきた一日8回の授乳というさぼれないルーティン、しかも私の乳は相変わらず黙秘を続けているので、お腹をすかせて泣く息子を前に早々におっぱいを切り上げていそいそとミルクを作る。

それでも根気強く乳を吸わせなければならない。

産後で全身ズタボロの乳出ない母、お腹いっぱいにならない子、これって母子双方win-winじゃねえよな。割に合わねえよ。と思いながらも、それしかやることがないのでひたすら鬼の乳吸わせトレーニングをやる。

精神の限界を迎えた私は、深夜に助産師さんに神聖かまってちゃんナースコール(迷惑)をし、なんとか激励してもらい、とりあえずナースステーションに息子を預けてなんとか睡眠時間の確保を試みるものの、それはそれで「夜間授乳を放棄している」ような罪悪感にかられてますます眠れなかった。


今思えば、なぜそこまで必死になっていたのか不思議なくらいだけど、当時はほんとうに視野狭窄。完母にしたいわけでもないくせに、母乳が出せないなら私じゃなくても誰でもお世話できてしまうやん…(←別にいいやん)という謎の母親としての責任感を感じて、勝手に自分を追い込んでいたように思う。

夜間を母子別室にした翌朝、ナースステーションに預けた息子を迎えに行ったとき、
「ああ…かわいいよお…夜、離ればなれにしてごめんね…」
と心底愛おしくてたまらない気持ちになって、それでまたぶわっと涙が出てきて、どうしたらいいかもわからないけどとりあえず息子はかわいい、という厳然たる事実だけがあった。

今にして思えばこの時の精神の揺らぎが母性の芽生えだったのだろうか、と思う。

急にお母さんやれって言われても無理よ。トライアンドエラーを繰り返して、ぼちぼちなっていくのよ…。

おっぱいカスタム、その後


その後、退院の前に助産師さんから乳頭保護器というお助けアイテム(乳首が傷ついて授乳しづらい時とかに使うらしいけど、赤ちゃんがうまく吸えない時にも乳頭を伸ばして吸いやすくする効果があるらしい)を教えてもらって、しばらくの間はおっぱいの先にこの保護器をつけて授乳をしていた。

メデラのニップルシールド(画像HPより)


この保護器をつけている姿、側から見るとちょっと滑稽というか、とんがった形のやわらかい透明なシリコーンの乳首を装着した私の乳は、カスタムおっぱい、アーマードおっぱい、という感じで、ちょっと強そうに見える。

こんなのつけて何やってんだろう?とふと我に帰ることもあったり、慣れない授乳姿勢が辛すぎて腱鞘炎になりかけたりしたけど、継続的な母子二人三脚の特訓のおかげで、少しずつ息子も長い間吸い続けられるようになってきた。
退院後、体調が戻るにつれて徐々に母乳の分泌も増えるようになり、新生児の終わり頃には保護器なしで吸えるようになって、なんやかんや母乳育児が軌道に乗ったと感じたのは生後2ヶ月の終わり頃。

その頃には息子が飲む分だけ母乳が作られる、オンデマンド型のおっぱいになったのであった。
おっぱい、本当によくできたシステムだよな…。


ちなみに、生後5ヶ月の今も完全母乳ではなく「母乳寄りの混合」を続けている。
美容院行ったり骨盤矯正行ったりと、子を預けて出かけたい時もあるので、哺乳瓶の飲み方を忘れないように1日2回くらいはミルクも飲んでもらうようにしている。出かける時とか、寝る前に。


さいきん、離乳食もはじまったしそろそろミルク寄りに変えていくか…と思って徐々にミルクの量を増やし始めたけど、今度は逆に母乳をどう止めたらいいかわからず、しょっちゅう明け方に母乳を爆発※させている。

※夜間に飲む需要を予測して私の体内で精製された母乳が、息子の夜通しねんねにより吸われることなく、供給過多によりおっぱいがダダ漏れになること



それぞれのお母さんの授乳に、ストーリーがあるよね。
まあ、大きくなったら母乳で育ったかミルクで育ったかなんて、ぜーんぜん関係なくなるのだけど、それでも、赤ちゃんを生かすための尊い行為であることには違いない。


なんやかんや言っても、おっぱいに無心ではふはふと吸い付く息子の顔を見るのはたまらなく愛おしいので、もう少しのあいだの授乳ライフ、噛みしめて過ごしていきます。

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