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サイバーパンクSFの傑作『トーキョー・ゴースト』 ! アーティストのショーン・マーフィーのこだわりとは?

昨年末に刊行され、好評を博しているリック・リメンダー(作)&ショーン・マーフィー(画)の『トーキョー・ゴースト』。
今回は、本作の疾走感あるアートをより深く楽しむべく、アーティストのショーン・マーフィーの過去のインタビューをもとに、その創作の秘密を本作の翻訳者である小池顕久さん(@AtomJaw)に探っていただきました。また、記事の最後には、ショーン・マーフィーから、日本の読者に向けた特別メッセージも公開!

様々な未来イメージが入り混じった2089年のロサンゼルス


本書『トーキョー・ゴースト』の出版元であるイメージ・コミックスのホームページに掲載されているショーン・マーフィーへのインタビューによれば、マーフィーは本作に登場する、未来のロサンゼルスの街並みを描くにあたり、このように述べています。

『ブレードランナー』からは沢山の影響を受けたよ。それから、'70年代と'80年代のコンセプト・アートの描き手やフューチャリスト(社会の未来を予測する専門家)たちから受けた、無数の影響も混ぜ込んである。
 SF的なスラム街というのは、当時のそうしたビジュアルではお約束みたいなものだ。読者にとってもなじみ深い、そうしたイメージを山ほど投入することで、読み手がより早く作品世界に入り込めるようにしたつもりだ。

たしかに『トーキョー・ゴースト』の冒頭で、主人公たちが暴れ回るロサンゼルス市街は、「酸の雨」や「飢えて人肉を喰らう貧民」「死の遊戯に夢中になる市民」など、映画『ブレードランナー』や、'80年代に隆盛したサイバーパンクSFなどで描かれてきた、“馴染みのある肌感覚の未来世界”が描かれています。

また、マーフィーはそれらの街並みを描き出すにあたり、カラリスト(彩色担当者)のマット・ホリングスワースと共に、日本の木版画を意識した、通称「“木版画”スタイル("woodblock press" style)」と呼ばれる独自の技法を開発。

この「木版画スタイル」の詳細については、マーフィー本人による言及はないのですが、絵のメインとなる対象を暖色系で塗る点や、シンプルな(影やテカリなどを細かく入れない)色づかい、和紙のザラリとした質感を思わせるテクスチャなど、たしかに日本の木版画を思わせる雰囲気の彩色になっています。

例えばこのコマ。アスファルトの路面や、バイクのタイヤなどに単にベタっと色を乗せるのではなく、微妙な風合いのテクスチャを貼り込むことで、浮世絵の和紙の風合いにも似た雰囲気を再現している。

タイトルからも分かる通り、『トーキョー・ゴースト』の物語の大部分は、近未来の東京を舞台としていますが、そうした作品に“ジャパニーズ・スタイル”の彩色テクニックを投入できたことにも、マーフィーは興奮したとか。彩色に関して、マーフィーはこのように発言しています。

私は虹色のネオンに彩られた感じのSFは好きじゃないんだ

そのため、背景の彩色にあたっては、あまりケバケバしい色合いにならないよう、背景に用いるカラーパレットをわずか3色に限定したそうです。

このコマでは、手前をオレンジ、奥の暗い部分を青で塗り、アクセントとして黄色を散りばめるという色づかいで、わずか3色で雰囲気のある情景に仕上げている。

デジタルとアナログの狭間で

現在のアメリカン・コミックスの製作過程では、「KABOOM!」などのオノマトペ(擬音)は、レタラー(コミックのセリフのフォントや描き文字などの制作を担当する職)がコンピューター上で制作するのが一般的です。しかしマーフィーは、自分自身で迫力あるオノマトペを描いていることで知られています。

マーフィーはこの手描きのオノマトペを、2003年にオニ・プレスから刊行されたコミック『オフロード』(それまでダークホース・コミックスやDCコミックスで版権物のコミックを描いていたマーフィーの、初のオリジナル作品)で始めて以来、彼のトレードマークとして描き続けています。ですが、実は当初マーフィーは、お絵かきソフト上でページ内にフォントを乗せたり、フォントを変形させて描き文字に仕上げる……といったツールの使い方が分からず、しょうがないのでオノマトペを手描きしていたのだとか。

(手のかかるオノマトペは)レタラーに指示を出すより、自分で原稿に描き込んだ方が早いんでね(※)。……それに、手描きのオノマトペが入っている方が、原画の売れ行きがいいんだ。まあ、手のかからない奴は、喜んでレタラーに任せてるけどね。

※マーフィーは伝統的な「原稿用紙にエンピツとペン」で原稿を描いているので、レタラーにオノマトペを作ってもらう場合、原稿を一旦スキャンしてデジタル化する手間がかかる。なお、完成した原稿は、代理人を介して好事家に売却されることも。

ちなみに、本作の主人公の一人レッド・デントは、自分の顔の周りに無数のネット配信番組のウィンドーを開き、同時視聴している……という難儀な性癖の持ち主。マーフィーは第1号を描いた時点では、この無数のウィンドーを、後からデジタル上で描き足していたのですが、完成したページを見るとウィンドーが背景に被さってしまい、どうにもゴチャついた印象になったため、第2号からは直接原稿にウィンドーを描き込み、ウィンドーの周辺の背景を整理したことで、ゴチャつきを解消したそうです。

第1号はやり直せるものなら、やり直したいね。ま、人生ってのは学びの連続だよ(笑)。

サムネイルからストリーテーリングは始まる

マーフィーは、原稿を描くにあたって、このように述べています。

各ページには、他の絵よりも目立つ“メインとなる絵”が必要だ。それができてれば読者は興奮してくれるし、物語を読み進める原動力になり……うまくすれば、次の号も買ってくれる。

そのため、なによりも「ストーリーを語ること」に集中し、その上で、各ページでどのコマを一番大きく描くかを考えるそうです。

たしかにマーフィーは、スクリーントーンや、筆による集中線・効果線など、様々なマテリアルを駆使して躍動感ある画面作りをする特徴があります。そうした描画の方向性は、サムネイル(大まかなコマ割りや画面構成を検討するために描かれるラフなページ。日本のマンガで言う「ネーム」)を描いている時点で80%ほど決定し、ページを仕上げていく過程でさらに+20%ほどアートをブラッシュアップして完成させていくそうです。

私の原稿の細部は、大概はペンと筆を即興的に躍らせた“組織的かつ無意味な描線”に過ぎないが、ありがたいことに読者はそれを詳細な描き込みだと解釈してくれる。

『トーキョー・ゴースト』のアクションシーン。このページで一番見せたいもの(バイクで暴走するレッド)を大きく描き、さらに筆による勢いのある効果線を足していくことで疾走感あふれるページに仕上げている。


今回の日本語版刊行にあたり、編集部からショーン・マーフィーに、メールインタビューを申し込んだところ、ご本人から日本の読者に向けたメッセージをお送りいただいたので、最後にご紹介します。

『トーキョー・ゴースト』日本語版刊行記念
ショーン・マーフィー特別インタビュー

——あなたのアートスタイルの特徴は、どこにあると思いますか?
私のアートは私自身が気に入っているアートスタイルを混交したものだ。私はアメリカのコミックのアートが好きだが、ヨーロッパ系のアートも好きでね。
 ……『トーキョー・ゴースト』が日本で刊行されることは、私にとって大事なことだ。なぜなら日本の読者が本作を楽しんでくれるかどうかが非常に気がかりなんだ。つまり、私が敬愛するマンガの国で、私が『トーキョー・ゴースト』の描線に込めた“マンガ・スタイル”は、どれほどの人気を獲得できるだろうか? とね(願わくば、気に入られんことを)。

——日本のマンガであなたが影響を受けた/興味を持った作品はありますか?
まだ若かった頃、韓国人の友人が『グレイ』(※)というマンガを貸してくれた。あれは本当に面白かったよ。登場するメカが巧みに描かれていて、まるでページの上で動いているみたいだった。私はアメリカのコミックが好きだったが、日本の作家はアメリカの作家以上にメカをきっちり描くものだと思ったよ。あの作品が、私にとって初めてのマンガ世界への旅だった。

——最後に、日本の『トーキョー・ゴースト』読者にメッセージを。
欧米のオタクと作家の大多数がそうであるように、私は常に日本という国に強い敬意を抱いてきた。吉田遠志の木版画や、黒澤 明の映画、私のガレージにあるヴィンテージのフェアレディ280Zなどに対してね。いつか訪日もしたいと思っているよ。その時には沢山の神社や庭園を訪れたいね。

※『グレイ』:たがみよしひさ作のSF少年マンガ。“死神”の異名を取る兵士グレイが、上層階級である「市民(シチズン)」の称号を得るため、過酷な任務に身を投じていく。なお同作は1988年にVizメディア社から米語版が刊行された、最初期の米訳MANGA作品である。

※吉田遠志:木版画家。1911年生まれ。洋画家である父・博に絵画の技法を学び、10代の頃から木版画家として活動。その作品はニューヨーク近代美術館、ボストン美術館にも所蔵される。

トーキョー・ゴースト
リック・リメンダー[作]ショーン・マーフィー[画]小池顕久[訳]
※電子書籍も発売中

また、2024年6月20日には、ショーン・マーフィー(作・画)の新刊『バットマン:ビヨンド・ザ・ホワイトナイト』を発売予定です。
ぜひ、こちらもチェックしてください!

『バットマン:ビヨンド・ザ・ホワイトナイト』
ショーン・マーフィー[作・画]秋友克也[訳]
※電子書籍も発売