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理念至上主義経営からの脱却 〜理念と経営、目的と手段の再考〜

20数年前、私は起業したての駆け出しのひよっこ経営者でした。その時はとにかく、安定した売り上げを上げることのみを考えて、稼ぎになると見ればなんでも食いついてがむしゃらに働きました。その当時、何のために働いているのか?と問われたら、間違いなく生活の為です。と迷うことなく答えたと思います。しかし、ただ闇雲に金を稼ぎ飯を食うだけの暮らしはいつまで経っても先行きが見えず、ずっとぼんやりとした不安に苛まれていました。
そんな私が未来を見据えて計画を立てる様になったのは、このままでは自分もスタッフもいつか潰れてしまうと自覚して、暗中模索の中、経営について学び始めたからです。そこでの最も大きな気づきは事業や組織には目的が必要だということでした。目的を明確にする事で先行きの計画を立てる様になりました。

義理と人情の世界

何の為に事業を行なっているのか?そんな根源的な問いに向き合って初めて、金のため、自分と社員の家族を食わせる為に、と答えるのに違和感を感じるようになりました。そんな目的の為に行う事業は誰にも共感も応援もされないだろうと容易に想像がついたからです。では、本当の目的は何か?改めてそんな自問自答を繰り返す中で見えて来たのは、自分だけが良ければそれで良い訳ではない。とのごく当たり前の自分の中にあった「良心」です。当時の私がスローガンに掲げたのは「義理と人情」で、決して人情に流されて義理を欠くような事はしないとの決心でした。人情とは私欲であり、自分より家族、家族よりも社員、身内よりもお客様や取引先に誠実に向き合い、義理を果たすのを信条としていました。建築事業者としてキッチリと役割(義理)を果たす事でお客様、取引先、社員の皆が幸せになれる様な道を見つけられると思ったのです。大工の職人的な考え方が色濃く反映されていますが、自分らしい良いスローガンだと思っていました。

https://www.skillots.com/search/work_images/121836?locale=ja&mobile=0より拝借

理念至上主義経営

その当時から20年くらい経った今では、様々な学びの場に足を運び、幅広い考え方、観念や概念に触れる機会を得て、学のない私も幾ばくかは成長し、事業に対する理論構築も繰り返し行い、それなりに物事が見えてきました。2年前の事業ドメイン変更の際に事業の目的はスタッフメンバーへのヒアリングを繰り返した結果、「ひと、街、暮らし、文化を継いで四方良しの世界を実現する。」との最大公約数を見つけて事業全体の判断基準に据えています。もちろん、私の想いも入っておりますが、基本的にはスタッフから上がってきた声をまとめて理念を定めました。とにかく、この20年間、事業の目的は理念の体現であるとのシンプルな理論を疑う事なく事業計画を立てて実行に努めてきました。

単一ではなく多様性を吸収する目的

私がなんの目的を持たずに勢いだけで起業してから20年以上が経ち、世の中も大きく変わりました。必死になって学びと実践を繰り返しながら複雑さを増す時代の流れを感じ取ると、近年は特に個が尊重されるようになり、タレンティズムという人それぞれの才能を活かし、ボトムアップ型で事業を進める必要性があると感じるようになりました。トップダウン式で事業の目的=理念を据えて、その一点に邁進するべく戦略を立て、戦術を練るような直線的とも言える組織構造では不透明で不安定なこれからの時代に適応するのは難しいと感じるようになったのです。決して、目的が不要というわけではなく、画一的な価値観にのみ縛られるのではなく、もっと柔軟に多くの考え方や意見、価値観を吸収しながら柔軟に人が本来目指す幸せの追求を広い視点を持って考えるべきではないかと思い始めました。

滲み、ぼやける理念経営

そもそも、目的とは「行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの。」であり、その達成のために手段を用いるのですが、手段とは目的との相関概念で、目的に到達するための「手だて」「方法」です。辞書を引いてみると「手段それ自体が、それに到達する手段を必要とする目的ともなる。」ともされています。要するに、手段と目的とは複雑に関連する相関関係にあり、実はそれぞれ領域は非常に曖昧なものであり、私自身も20年間、経営を実践する中でその複雑さと曖昧さが少しずつ分かってきました。昭和時代のトップダウン、上意下達の軍隊式で持続可能な事業が構築できるほど、今の世の中は単純ではありませんし、掲げる事業の目的(理念)も経営者の意思や意図を明文化しただけの行動要請(強制)のための言葉ではなく、組織を構成するそれぞれの個の目的を包括し、本質的な人の幸せに向かうものでなければならないと思うのです。経営者が策定する経営理念至上主義の時代は終わったと感じています。

日経新聞1面でパーパスの特集「御社の存在意義 何ですか」

理念から存在意義へ

最近になって理念経営と言う言葉の代わりにパーパス経営と言う単語をよく耳にするようになりました。社員の物心両面の幸福を目指すとか、つい内向きになってしまいがちな経営理念をもう少し視野を広げ、社会性を持たせて事業所の存在意義を明確にしようといった風潮だと感じています。あらゆる事業がソーシャルシフト(社会課題解決型モデルへの移行)を進めて行くのが時代の要請と言われますが、徐々にそれが浸透してきたのではないかと思うのです。また、組織は基本的に組織のための組織であり、その実体とは組織を構成するメンバーです。タレンティズムの考え方に照らすと組織の存在意義とはそれを構成する全ての人の存在意義の総和であり、大きな方向性、大枠の価値観は共有しながらも、それぞれの個性を生かす個別の価値観も大切にすべきとなります。画一的な理念は必要ではなく、ぼんやりと曖昧でも大枠の世界観と理想、存在意義を共有しながら個々の志を重要視してお互いに助け合い、全体最適を目指して応援し合うような組織構成を考える時代になってきたのだと思うのです。

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タレンティズムに立脚した建築実務者育成の研修を行っています。


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