親の介護と自分のケアの記録 その11

親に由来すると思われる生きづらさを抱え(いわゆる宗教2世当事者という側面もあります)、2021年3月からカウンセリングに通い始めました。
これから介護などの必要が生じて親と向き合わなければならなくなる前に自分の問題を棚卸ししたい。
そうカウンセラーに伝えた矢先、母が脳梗塞で入院することに。
自分を支えるために、その経過を記録していきます。

またしばらく更新を怠ってしまった。

書きたい気持ちはすごくあるのに、間隔を空ければ空けるほど、書くことのハードルはどんどん上がっていく。

今は書く時間があるので、少しでも何か書いて投稿しよう。


私は、全部書かなければ、とか、完璧に書かなければ、とか、うまく書かなければ、みたいな強迫観念が強い。

そこを少しずつゆるめていきたい。


少し遡って昨年10~12月のカウンセリングのことをすごく書きたいのだが、書きあぐねている感じがある。

書きにくいところから始めなくていい。

まずは、書きやすいところから…




年末年始に体調を崩した。


昨年末の在宅仕事が少し大変で、徹夜になったりしつつ、29日あたりにようやく終わった。

そのとき、微熱があった。

それに加え、そのタイミングでたまたま目にしたTwitter記事に、90年代のKのマンガの1ページが載っていた。


Kの教えを信じない者は地獄に落ちてひどい目に遭う、みたいな内容のマンガで、信じなかった人が悲惨な目に遭っているのをかなりグロテスクに描いたもの。


私は、そのマンガを覚えていた。

覚えていた、というか、そのTwitter記事を見るまで思い出したりすることは一切なかったが、見た瞬間、なんとも言えない感情がこみ上げてきた。


そのとき、たまたま家に私一人だったので、その後しばらく泣き続けた。

嗚咽というか、叫び声が出た。

泣きながら、自分の反応に驚いていた。

人の記憶ってすごいな、とも思った。

そして、怒りを感じていた。

そのマンガを読んだのは、小学生の時だと思う。

親に読みなさいと言われて読んだのか、家にそのマンガがあって自分から読んだのかは全く思い出せない。

けれど、小学生がこれを読んでトラウマを植えつけられたことに、ひどい暴力性を感じた。


そのまま熱が上がって動けない感じになり、子どもを夫と夫の実家に託し、年末年始の4日間はほとんど寝て過ごした。


もともと正月のイベントがあまり好きではないので、発熱を理由に休めることは、むしろありがたかった。

その間、ドラマ『エルピス』と「100分de名著」の中井久夫特集を配信で一気に見られたのは、思わぬ副産物だった。

(そういえば、「100分de名著」のフェミニズム特集も近いうちに見たい)



1月2日までを寝て過ごしたら随分回復し、3日には実家の手伝いに行けた。

「お年玉をもらう!」と言う子どもも、夫とともに両親に会いに来てくれた。

実家の裏の河川敷に散歩に出て、そこで母が歩行練習を行う。

これが私が実家に行ったときの習慣になっているが、その日は子どもと夫も同行。

子どもが母の車椅子を頑張って押していて、微笑ましかった。



1月中旬のカウンセリングでは、TwitterでKのマンガをたまたま見てしまい、年末年始は寝込んだいきさつを話した。

その流れで、一時期は新聞や電車でKの広告を目にするたびに、ビクッとするというか、心がざわついていて、今は一時期ほどではないけれど、全然ざわつかないわけでもない、という話にもなった。

両親に対してKを脱会してほしい、という気持ちがやはり今もある。が、無理だろうなという諦めの気持ちもある。しかし、やはり脱会してほしいという気持ちを捨てきれずにいる(つまりは、グルグルしている)みたいなことも話した。

小さい頃の記憶に霧がかかっているような感覚がある、とも。


カウンセリングの後半は、EMDRのアレンジバージョンみたいな療法をやってもらった。

食べ物でも音楽でも映画でもなんでもいいので、何か気持ちがほっとするようなものを思い浮かべて、と言われ、初めは好物の白菜と豚バラの蒸し煮を思い浮かべながらその療法をやっていた。

が、途中から「ちょっとほかのものにしてみましょうか」と言われ、寺尾紗穂の曲にした(iPhoneで曲を流しながら行った)。

思えば、ここ2年ほど、気持ちを鎮めたいようなときは、ずっと寺尾紗穂を聴いている。

特に、実家に向かう車の中では、ほぼデフォルトのように、2012年のアルバム『青い夜のさよなら』を頭からかけている。

全体に沈んだ調子の曲が多く、今の自分によくなじむ感じがする。


カウンセリングに通い始めてからもうすぐ2年。

これまでほぼ月イチペースで通っていたが、カウンセリングを受けたかいもあってか自分の状態が少し落ち着いている感覚がある。

また、今年からは整体にも定期的に通いたいということもあり、予算的な面からも、ふた月に1回ペースにしたいと申し出て、カウンセラーからOKをもらった。




2023年の目標の1つが、「生理1週間前から生理中にかけては、活動をセーブ気味にする」だったが、新年早々、全然守れなかった。

そのためのスケジュール調整が難しい…




2月初旬の某日。

実家で、母の確定申告のための医療費と介護費の領収書をかき集めながら、なんでこんなことまでやらなくちゃいけないんだろう…と少しイラついていた。

それに加え、父がよくわからないことで腹を立てている。

父はいつも怒りの発端がよくわからないし、耳が遠くなっているせいで、そこが余計にこじれている感じ。

なぜか怒っている父にあきれつつ、もともとイラついていた私もつい便乗してしまい、しばし口論に。

しまいには、「そんなんだったらもう来ねえよ! あとは二人で勝手に死ねば?」というひどい罵声を浴びせてしまう。

(これには、言ってしまいながら、私はいまだ思春期か…?と自分にあきれた)

怒鳴り声を聞いた母が、自分の部屋で「もうやめて、二人ともやめてちょうだいー!」と悲痛な金切り声を上げている。

それが不和な家庭コントのようで、思わずふっと笑ってしまい、私の中で怒りの熱がすっと下がった。

そのあと、冷静になって領収書かき集め作業に戻り、きれいにそろえた領収書を父に渡しつつ、声を荒げてしまったことを詫びた。

父から「さっきはちょっと傷ついたよ。おまえは心をぐさっと突き刺すようなことを言うときがあるから、気をつけたほうがいいよ。とどめを刺すようなことは言っちゃだめだよ」と言われ、それはそのとおりだなと思い、また少し笑った。




…書き出したら止まらなくなる。

整理したいことがいっぱいあったのだなと実感。

続きはまた後日書きます。




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