育児したら出世できなくなるのは正当か
twitterでこちらの質問箱の回答が流れてきて、至極理路整然とした回答であるものの、何となくモヤモヤしたので真面目に考えてみました。
こちらの回答は理解できるのですが、追加的に考えられることとして、その悪影響がどの程度持続するかという論点が挙げられます。ケア労働によって収入が短期的に下がるだけなのか、長期的に出世コースから外されるかの違いは大きいです。後者は「会社への貢献度が高い人を評価する」という考えに立っても機会損失に当たるので、会社としてキャリアパスの多様化を図ることは重要です。
一度育児(また病気、介護などそのほかプライベートな理由)で仕事のペースをスローダウンしても、またその事情が落ち着けば、仕事のペースを上げて出世路線にいつでも戻って来られる、そんなキャリアパスの柔軟性や多様性があることは、育児世帯にとっても安心材料になるでしょう。
その上で、会社というミクロな経済原理の中における合理性だけではなく、社会全体のマクロな観点からも考えを掘り下げてみたいと思います。
2022/6/4付け、日経新聞の出生率に関する記事から引用します。
ここで、子供を産み育てることは「日本の社会基盤を支え、経済成長を推進していくために必要だ」ということが逆説的に訴えられています。このとき経済成長の恩恵を受けるのは誰か考えて、先の回答と統合するとこうまとめられます:
「育児する人は、子供を養うのために支出も増え、収入も減るため経済的に逼迫する。一方、仕事の貢献度が高い独身・または育児をアウトソースできる人は出世する、つまり他の人がしてくれた育児に下支えされた日本経済からの恩恵を享受する。」
あまりに単純化しすぎかもしれませんが、コストが育児世帯に寄り、育児しなくていい人と育児する人の間に、資本家と労働者の間のような搾取関係が出来上がっているとも見れるのではないでしょうか。
実際育児をはじめとするケア労働は人間社会を維持し、また人間が幸福であるためになくてはならない存在であるにも関わらず、資本主義はその価値を正当に評価していません。
家事育児介護は従来女性が担い、無賃労働で支えられてきました。今でも男女の賃金格差は依然として存在し、その理由の一つは統計上男性の5倍家事等に時間を女性が費やしているという、ケア労働格差に求められます。また介護士や保育士は日本の平均年収に比べて低収入であることも知られています。*
会社というミクロな経済合理性の中だけではなく、社会においてケア労働は誰が担うのか?という視点、またその担い手を経済的に困窮させないためのマクロで社会的な経済合理性も考えないといけないのではないでしょうか。
そのほか細かい論点として:
収入レベルによるケア労働許容度の違い
回答者が夫婦協力して育児・仕事をすることで世帯単位の稼ぎを担保されていることは大変素晴らしいことですが、収入レベルによるケア労働許容度の違いがあることも忘れない方がいいと思います。実際、それを端的に表す事例として、全世帯形態の中で母子家庭の貧困率が一番高いことが知られています。仕事も育児もアウトソースできず、一人の親に集中する場合、「育児したら出世できない」はすなわち生活困窮に直結します。
アメリカを参照点とすることの問題
アメリカを比較対象として出すこの論理展開はよくよく見聞きするのですが、アメリカみたいな極論を持ち出しては比較対象として適切ではないと考えます。事実、アメリカ国内ではOECD唯一の育休がない国であることを問題視し、改善しなければならないという提言が出ています。育休がないアメリカの方が、先進国の中で異常値なのです。
では、どこと比較するべきか。実は理想の国はまだどこにもないというのが現実です。
ジェンダーギャップ指数1位のアイスランドでもその指数は0.892で、完全平等(=1.000)の国は存在しません。「ケア労働の主な担い手である女性が経済的に割を食っている」という仮説がある程度正だとすると、今全世界で子育て無理ゲー問題の解決が取り組まれている段階でしかないと言えるでしょう。
ジェンダーギャップ指数3位のノルウェーにおいても、「働かざるもの福祉を受けるべからず」の社会体制の中で、育児と仕事の両立に行き詰まり正社員の仕事を手放す選択をすることの経済的リスク(保険・年金制度から締め出される)を告発する本が出版されています。ジェンダーギャップ指数3位の国でも依然として「ケア労働の主な担い手である女性が経済的に割を食っている」現実があるのです。いわんや120位の日本、30位のアメリカも。
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育児と経済の問題を、経済原理の中の論理だけで語っていいのか、というのがモヤモヤしていた発端でした。問題は、私たちは今のままの社会に住みたいのかということです。
会社の制度と社会の制度を前提として、人は最適行動を選ぼうとします。今の会社と社会の制度だと、育児と仕事を両立するのが無理ゲーならば、そこは社会として構造改革していく努力も必要ではないでしょうか。
(参考文献)
*介護士の年収:https://www.cocofump.co.jp/articles/kaigo62/
保育士の年収:https://www.hoikushibank.com/column/post_632
アメリカについて
Unfinished Business: Women Men Work Family
https://www.amazon.co.jp/dp/1780748701/ref=cm_sw_r_awdo_6H80Y1MGX2DD7TQAKMCJ
日本について
女性に伝えたい 未来が変わる働き方 新しい生き方のヒントが見つかる、二極化時代の新提言 https://www.amazon.co.jp/dp/4046016213/ref=cm_sw_r_awdo_RF02H8QBVEGQYXT3QGFB
ノルウェーについて
私はいま自由なの? 男女平等世界一の国ノルウェーが直面した現実 https://www.amazon.co.jp/dp/4760152857/ref=cm_sw_r_cp_api_i_VMEM0GY51H4FTP41C2JM?_encoding=UTF8&psc=1
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