日記(2023/06/12)

結局のところ、私は今「幸せ」なんだと思う。もちろん、一般的な「幸せ」のハードルと比べるとあまりにも低いところにある状態ではある。が、何を「幸せ」だと思うかは人それぞれだ。前述した通り、私は、恒常的にとてつもない苦痛を受け続けていた時期が長いので、その頃と比べて、という話にはなる。

具体的には、それなりに苦しいこともあるけど、その程度が常識の範囲内に収まっていて、それなりにちゃんと働けていて、尊敬できる誰かと信頼を築けている実感もある。この状態が、生まれて初めての状態であり、「慣れない」と感じる。満たされていなかった状態しか知らなかったから、「満たされている」という感覚が不思議だ。

健康で順風満帆な人なら欲求として捉えることもないようなことだけを欲求として渇望し、それが叶った後、どうしたらいいかわからない。アニメ「チェンソーマン」のデンジくんの描写に痛く共感したものである。

あと今は、自分に出来ることの程度を悟ったのも大きい。クリエイターにせよ、何にせよ、何か大きなことをして、社会に影響を与えられる人にならなくてはならないというような切迫感、これを失った。自分は何者にもなれないと、それを受け入れた。自分は優秀じゃないし、ただ慎ましく生きて、小さな幸せを大事にするしかない、そう悟ったのだ。

そうは言ってもまだ25歳である。あと30年は働くはずだが、現段階でここまで自らの程度を悟り切ってしまっていいものだろうか。昔からどうも無欲である。

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