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台所からコンポストへの道

さほど得意ではない家事がある。

料理を作ると、素材の切れ端をカットする。それを三角コーナーに置いている三角の網に入れる。私は卓越した日本料理のつくり手ではないので、使いきれずに溜まってしまう切れ端たちがどうしても出てきてしまう。料理ができると、手を合わせてご飯を食べる。食べきってから食器を洗う。

この一連の流れは結構好きだ。

しかし、この後にやってくる手続きに苦手意識を持っている。それは「三角コーナーの網を持って庭に行き、コンポスト箱に切れ端たちを入れる」という作業だ。

そう、今の滞在場所のお庭にはコンポストが設置してある。そこまでの道のりはそれほど遠くないのだけど、精神的には遠い道のりだと感じてしまう。ぬめりがあったり、水滴がこぼれるものを手元に持って、わざわざガラス戸を開けて、縁側でスリッパを履き、歩いて庭に行き、暗闇の中でコンポストを開いて三角コーナーにあった網をひっくり返す、その作業が難題に思えてくるのだ。

気乗りのしない家事である。困ったものだ。

どうしても発生してしまう一工程に対し、それを迎えるたびになんだか気分が滅入っていた。

「あぁ、やりたくないな」という声がわんさか湧いてくる。

「どうしようもないじゃないか」という返答を試みるも、何の成果もない。

そんな日々を繰り返してきた。

とある時に、「あぁ、今日もこれか・・・」と心で言いながら、庭に向かって歩いていると、ふと違う思考回路が生まれた。

庭に出る機会があるということは、月や星を眺める機会を1日1回かならず作ることができるということだ。

ふと、そう思うと、コンポストへの道は、急に空間的広がりを見せた。

また、コンポストを介して食べ物を大地にお返しし、布施をする機会をくださっているのだと思うと、急に見え方が変わる。

大地からの贈り物に手を加え、その流れをまた大地へと返していく。

月も星も大地も皆、自分の心が踊る、ちょっとした囁きを贈ってくださっている。

コンポストへの道が、ゆたかになった気がした。

秋は深まり、どんどん寒くなっていく。

帰りの道は、行きの道と同じで肌寒いけれど、なんだか心が少しだけ温かい。

「同じようなことを真冬の日には思えないだろうな」と思いながら、僕は小さく笑った。

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