勇者の皆さんが今日感じていた事。



今、この文章を書いているここは仕事帰りの電車の中。

そしてきっと、この文章が公開される頃には僕はこの世界線にはもう居ないだろう。

今日は5月15日、月曜日である。
そう、[5月12日]以来最初の、月曜日である。

思えば朝から様子がおかしかった。
ふと建物の壁を見れば、登れるかどうかを考え始める。
道の向こうの鳥は射抜ける気がするし、川を泳ぐ魚がいつもよりよく見える。
大きめの石があれば持ち上げたくなるし、
茂みの中や脇道には特定の円が見えてくる。

ひとたび会社に足を踏み入れれば、たちまち瘴気にあてられ、体力がゴリゴリ減っていくのが目に見える気がする。
上を見上げる。何故か、天井をすり抜けて上の階に行けるような...。
いつもならそんな馬鹿なことは考えつかないはずだが。


思わず屋上に逃げ出した。
すると、朝に降っていた雨は止み、頭上は晴れている。
しかし遠く向こうは雲行きが怪しい。
まるであの王国の天気を思い出す。

定時が近づく頃には、時計を見る自分の脳裏に声がよぎる。

「私を...探して...。」

仲のいい先輩にも聞いてみたが、どうやら同じ声が聞こえているそうだ。
これは大変だ。一刻も早く帰らなければならない。
そうして定時で会社を後にし、今に至る。

きっとこの電車の中にも、自分と同じ症状が出ている人が何人もいる事だろう。
ドアの横で外を眺め続けているあの女性も、目を閉じているあのサラリーマンも、
座ってプルアパ...iPadを見ているあの人もそうかもしれない。

今この電車にアナウンスで「車内に勇者様はいらっしゃいませんか!?」なんて放送しようもんならきっとたくさんの人が、我こそはハイラルの伝説の勇者だと名乗りを挙げる。

退魔の剣が腐ったせいか、はたまた姫がいなくなったせいか、誰も彼も黒目に光が宿っていない。心ここに在らずだ。

みんなこの土日で、野を駆け、空を滑り、地底を練り歩き続けた事だろう。

もはやどっちが現実の世界なのか曖昧だ。
おっと、駅に着いたようだ。
ではまた後ほど、ハイラルの地で。

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