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ゲーセンに行く話

「あーーっ!取られとる!」

べた!と、ゲーム機に張り付いた。やめろと友人二名に引き剥がされながら、遠くから空っぽになったクレーンゲームの透明な台の中を見つめる。かわいいチョウチンアンコウのぬいぐるみ。まだ在庫はゲーム機の中に残っていたが、残念なことに先程までおれが景品投入口に寄せたチョウチンアンコウくんは何処かのにんげんくんの手に渡った様であった。一度諦めたばかりに。もう少し粘っていれば取れたのか。おれだったから取れなかったのか。

「もう少し粘ってたら良かったのにな」

「やっぱそう思う〜!?」

おれもそう思う。唸り声を上げながら、操作パネルの台に手を引っ掛けてしゃがみこんだ。悔しい。デカそうな顔の怖い人間に扮した妖怪三名が屯ろしているので、にんげんくんたちがおれたちを避けていく気配がしていたが、まあそれは。今はよかった。普段ならよくないけれど。怖がられると悲しくなってしまうので。けれども今といえばおれはチョウチンアンコウくんがおれの手に渡らなかったことに嘆き悲しんでいるのであるからして、そんな精神的余裕はない。じっ……とまじまじ、チョウチンアンコウくんとまだまだ見つめ合う。

「手に入らん確率が上がって余計欲しなってきた……」

お前の悪い癖だぞ、というちくちく言葉を知らん顔しながら店員さんを探す。在庫を出してもらおうと思った。何やら鍵入れのようなものを持った帽子を被った人間くんがすぐに見つかり、はなしかけよう──とする努力を、心の内でする。店員さんにまで怖がられたらどぉしよ……というぶり返しの危機感と、知らん人に突然おれの用で話し掛けるんちょっと抵抗あるな……という面倒な性格が顔を出して、ふつうにたたらを踏んだ。すみませーん、と友人が声を上げる。

「これ出してもらいたいんですけど」

「おれん仕事ぉ……」

さくさくと在庫はクレーンゲーム機の中に再び設置された。おれはクレーンゲームのいろはを知らないので、さてこの配置が取りやすいのか取りにくいのか、一つもわからない。人の良さそうなにんげんくんではあったけれど。にんげんくんに話し掛ける、という仕事を取られたので、友人をじとりとした目で見る。

「お前一生あのままじゃん」

「なんで変なとこで人見知り出んの?」

おかしい。非難殺到だった。ゆるせへんわぁ、と軽口を叩きつつクレーンゲームに向き直る。友人二名は特にお目当てはないらしいので、おれの苦しむさまを見守ると宣った。ゆるせへん。目に物見せたるわ!と意気込んで硬貨投入口に五百円玉を突っ込む。生憎百円でこの子を吊り上げる技術力は持ち合わせていない為に、手始めの五百円玉とかいう悲しいセオリーが出来上がっているのだった。真ん中を狙ってクレーンを動かす。

「お」

「掴み上げた!」

いけるやろこれ、と見守──ったところで、がちゃん!と音を立てて何故かクレーンは勢い良く急カーブを曲がって定位置に戻り、チョウチンアンコウくんは哀れにも放り出されてゲーム機の中の地面へ落ちた。ぺちょっ……と心なしか哀愁ある音が聞こえた気がする。「あぁ〜、ざんねん!」などと爽やかな如何にも元気らしいゲーム機の録音音声が流れる。背中には友人諸氏の爆笑。

「せやったこの台これやから……!!!!」

台パンなるものを仕掛けてやめた。おれの怪力でそれをやってしまうと、にんげんくんの精密機械はうんともすんとも言わなくなってしまうので。はぁーーッッ、と大きくため息を吐きながらまた操作レバーを握り直す。落ちる。握り直す。落ちる。握り直す。落ちる…………。

千円両替行ってきて。と友人に頼むのは早かった。けらけらと妖怪らしい笑い声を上げながら友人はおれに握らされた千円札を両替しに大股で店の端へ歩いて行った。ちょろまかされる心配はないが、あらゆるにんげんくんに顔面の圧、大抵黒マスクと身長のせい。で避けられる友人を何ともなしに眺めていた。面白いので。ちょっとしゅん……として戻ってきた其奴から、百円玉を十枚受け取る。

「なんで俺等っていっつもこうなん?」

「ガラが悪ィから」

真実を突き止めてるとこ悪いけど、秒速で千円が溶けたので。もう一枚両替しに行ってもらう。ちゃりんちゃりんちゃりん、と小銭の落ちる音。ざざ、とにんげんくんの波が掃けていく音。しょぼしょぼと落ち込む友人。「なんで俺等っていっつもこうなん?」「ガラが悪ぅから」。

「お前金欠なんだろ?」

「せやけど」

程々にしろよ、と言われる。はぁいと返事をしながら、五百円分、直ぐ様コイン投入口に突っ込んだ。やめる気などは一ミリもなかった。せめてこの財布の中身という中身が枯れ果てるまで。がちゃん!という急カーブ。千円の努力でなんとか景品投入口に近付いたチョウチンアンコウくんが惨たらしくも端の端へスッ転がされていく音。流石の俺もでっかいため息がもう一回口から漏れ出た。友人に無言で千円札を渡す。二千五百円が悲しくも泡になる事を見越しての行動だった。

「……ほんとに突っ込むんか?」

「後一寸やの!」

ぜったいほしい!ほしいほしい!と駄々をこねる。ひょこっ、とおれの脇からにんげんくんが突如現れたのは、そういうときであった。ガチ、と固まるおれ。固まる友人二名。そんなおれたちを物ともせず、にんげんくんはほのぼのと「取れませんか?」とおれに声を掛けた。おれより幾分か背が低いが、ピアスがバチバチと開いた男であった。敬語という文化をすべて忘れて、ウン…………。とおれは返事をした。したはずだった。何せ三名とも「にんげんに近寄られる」という行為にご存知の通り慣れていないので、びっくりを通り越して多少の思考のショートが起きていたのである。

「あー、大分飛んでいきましたね」

「ウン…………」

ァ。俺両替行ってくるわ。ア俺も。などと言って友人二名はその場から離脱した。置いてかんといて!!!!という気持ちが爆発したが、そう伝える手段は言葉でもジェスチャーでも不可能だったので(何せガチガチに身体が固まっている)、友人二名は逃がすしかなかった。後から何か、とんでもないイタズラを仕掛けてやろ、と少し冷めた脳味噌の端で決意を固めつつ、ガチャガチャ台の扉を開けてチョウチンアンコウくんを置き直してくれた店員さんに頭を下げる。

「頭の方をね、狙うといいですよー」

「、ウン、どぉも……」

じゃあ頑張ってくださいね!とにんげんくんはその場を去った。ごち!と俺の頭とゲーム機がぶつかる音。友人二名が行ったか?と囁きながら帰ってくる。

「びっっ…………くりしたァ〜〜〜ッ……!!」

三名各々好き勝手喋る。なんでにんげんくんあんな急に警戒心がゼロになるの?おれたちのこと怖くないの?おれたち怖いかっこうしてるよ?怖がられてもやだけど怖がられないと怖いよ……。などなど。

「食うかおもた」

「ほんとにそう」

「手ェ出る手……」

にんげんくんへの咄嗟のコミュニケーションのバリエーションが食べる・驚かす・殺すしかない妖怪くんはこうやって怯えるしかないのである。なぜ捕食者側なのに怯えているのか。堂々としろ。いやもうこれは足元に擦り寄ってくる小動物に恐怖を覚えるのと同じ感情なので仕方がないのである。怖かったぁ!と三人で小声で結論を出した。おれらが怖かった。カチコチと固まった手のままで百円玉をコイン投入口へ突っ込む。お前にんげんくんにお手数かけたんだからちゃんと取れよ、死んでも取れ、死なないだろうけど。好き勝手言われながらレバーをカチコチ動かす。もう全部カチコチ。あーあにんげんくんってば妖怪くんの情緒という情緒を全部薙ぎ払って進むんだから。頭を狙ってクレーンを下ろす。ガチ!と明らかにチョウチンアンコウくんにクレーンが刺さった音。

「あ」

「確定演出、」

ぽとっ。といとも容易く、チョウチンアンコウくんは景品投入口に落ちて転んだ。やッ、とおれから言葉が出る前に、おれの三倍、友人二名が喜んだ。

「やッたーーーーー!!!!!!」

「にんげんありがと!!!!!!!!」

大燥ぎも大燥ぎである。自分よりテンション高い人間がおったら突然冷静にならん?おれはなる。我ながら邪魔くさいほど長い足を折りたたんで景品投入口に手を突っ込む。ふわふわした感触。予定調和的に好きすぎるデザイン。ふよふよの提灯部分。溶けてった二千何円か分がチャラになる程の愛らしさ。

「許してもうたな……」

「何を?」

この世の全て。ぎゅッ……とぬいぐるみが破裂しない程度に抱き締める。むぎゅ、とおれの胸と手で押し潰れてちょっとぶさいくになるのがまた可愛い。チョウチンアンコウくんは食べても良しやけど鑑賞しても良しなので大好きである。

「取れたなぁ」

もっと喜べよ、と言われながら背中を叩かれる。変化が解けるからやめなや、とまたしても軽口を叩きながら店を後にした。今度はちゃんとにんげんくんらに避けられつつ。ぬいぐるみ持ちながら徘徊する成人男性らしき格好の長身黒マスク黒帽子黒パーカー生命体怖ない?と話題に上がるのは、その四分後ほどの、別の話である。

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