ひねくれた基礎理論〜弱い相互作用
弱い相互作用(弱い力)の存在が、素粒子物理をややこしくしている最大の原因であると言ってもよい。まず、パリティが破れている。粒子の種類が変わる。現実の粒子と相互作用を感じる粒子がねじれている。電磁気力とからまっている。対称性の破れで質量ゼロのはずのものが有限になっている。ヒッグスという異分子がいる。そしてもちろん、組み上げてみるとCP対称性が破れる。どうだろう。ややこしいと思っていただけるのではないだろうか。ただ、ややこしいというのは、込み入っているというだけで、落ち着いて一つずつステップを踏めば何でも計算できるので難しいわけではない。本当に難しいのは強い相互作用(強い力)のほうで、法則は単純なのだが、世界トップの頭脳が何十年かけても計算できるようにはならなかった。彼らは問題をより簡単な問題にすりかえた上で解けたことを自慢したりするが、実際の問題を解く上ではほとんど役に立っていない。
弱い力は、「力」というよりも「変身チケット」と思った方がイメージしやすいかもしれない。ダウン・クォークは、Wボソンを吐き出すか吸うかすることで、アップ・クォークに変わることができる。逆もありで、アップ・クォークもWボソンを仲介としてダウン・クォークに変わる。ただし、実際の過程ではエネルギー保存則を満たさないといけないので、アップ・クォークよりも少しだけ重いダウン・クォークはアップ・クォークに遷移できるが、逆は起こらない。こういうのをベータ崩壊と言い、中性子が陽子に変わる現象のことを指す。このとき、吐き出したWボソンの面倒を見てあげないといけないのだが、この場合はWボソンが電子とニュートリノの組みに変わることでつじつまを合わせる。Wボソンはずいぶん重いので、そもそもベータ崩壊のなかでは現れようがないはずなのだが、そこは量子論なので遷移の途中に起こるいろんな状態が(たとえエネルギー保存則を満たさなくても)重ね合わさった状態が現実になる。途中にWボソンが現れる過程は非常に小さくなるが、そのせいで弱い力は弱い。おかげでこの「変身チケット」はなかなか発動せず、中性子のベータ崩壊は10分ほどもかかってしまう。中性子の半減期のことだ。
ストレンジ・クォークというちょっと変なクォークがある。ダウン・クォークの親戚で、いろんな性質が似ているのだが、質量が20倍ほどあるところが大きな違いだ。ダウン・クォークをストレンジ・クォークに置き換えたいろんな粒子はすべて測定されている。それに加えて、ダウン・クォークと(反)ストレンジ・クォークでできた粒子もある。
ストレンジ・クォークも、ベータ崩壊と同様にWボソンを出してアップ・クォークに変わることができる。ただ不思議なことに、ここで働く弱い力の変身チケットはダウン・クォークに働くものよりもさらに弱い。おかげで、ストレンジ・クォークを含む粒子は全般に寿命が長く、測定器のなかで飛跡を残すことができる。ダウン・クォークと似た性質があるのに、変身チケットがレアなのは、こう理解されている。実は、弱い力の変身チケットでアップ・クォークと結びついているのは、ダウン・クォークとストレンジ・クォークをあるやり方で重ね合わせたもので、その割合はダウン・クォークのほうがずっと多く、ストレンジ・クォークが少しだけになっているのだ。同じことを別の言い方であらわしてみよう。ダウン・クォーク成分をX軸に、ストレンジ・クォーク成分をY軸に取ってみる。この平面の中で、アップ・クォークとつながっているのは、X軸から13度だけ傾いた組み合わせだ。ほとんどダウン・クォークだけなのだが、ストレンジ・クォークも少しだけ混ざっている。変身チケットは不公平にできているらしい。
この13度という角度には名前がついていて、カビボ角という。これを拡張したものを小林・益川行列というのだが、それはまた後日にしよう。
「クォークの気持ち」から転載。一部修正。
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