拡大しても変わらない

いつも困っている。計算機を使ったシミュレーションの研究をしていると、研究の成果をわかりやすい絵や動画で説明せよと言われることがよくある。しかし、そもそも素粒子は目に見えるものではないし、数式やグラフを説明しようとしてもわかりやすくはならない。イメージ図を描くことはできるかもしれないけど、研究内容からは遠ざかってしまう。その点、気象や地震のシミュレーションは映像を見れば何が起こっているかわかるのでそれだけで納得できてしまう。大きな台風が渦を巻きながら進んでいく様子は、その下で起こっていることを考えなければずっと眺めていたくなるほど美しい。

われわれ物理の仲間でも宇宙のほうはこの種のことに長けている。宇宙が始まったときにばらまかれたガスだか塵だかが、自身の持つ重力でお互いに引き合ってやがて集まってくる。物質が集まるとそこにはたらく重力はますます強くなり、さらに周りを引きつけて成長していく。シミュレーションで得られたこうした構造は、実際に観測された銀河の分布によく似ている。ただし、なんでもこうなるわけではなく、物質のほかに暗黒物質という目に見えない何かがないといけないのだそうだ。宇宙が成長していく様子が見てきたようにわかる。これもシミュレーションの効用だ。

ここではたらいている重力は、私たちを地球にしばりつけているあの重力と同じものだ。その昔、ニュートンは、惑星の運動を説明する重力と、リンゴが木から落ちるときにはたらく重力が実は同じものだということに気づいた。大変な想像力ではないか。夜空の星が何週間もかけて少しずつ動くのと、地上で投げた石が落ちるのは、全然似ていないが同じ法則によっているというのだ。地上のすべての物質は水や空気も含めて地球による重力から逃れることはできない。そのはたらく距離はおよそ1万キロメートル。(地球の半径はおよそ6700キロメートルだが、ここでは2倍くらい違っていても気にしない。)一方で、太陽は地球から1億キロメートルの彼方にあり、木星や土星にいたっては10億キロメートルは離れている。距離にして10万倍も違うのにはたらく法則は同じなのだ。

これはあたりまえだろうか。それとも奇跡的なのか。新聞のちらしでよく飛ぶ紙飛行機を作ることができるが、10倍大きいものを作っても同様に飛ぶだろうか? 100倍ならどうか? 1万倍なら? どう考えても無理そうな気がするが、どうしてだろう。まずは紙の強度と重力の関係、それに空気抵抗。これらは大きさを変えるとバランスがくずれてしまう。つまり、うまく飛ぶ紙飛行機の法則(そんなものがあるのかどうか知らないが)には、知らないうちに何か固有の大きさが含まれていて、紙飛行機の大きさだけを変えるとバランスが変わってしまうのだ。

重力の場合はどうか。万有引力の法則というのは、2つの質量の間にはたらく力は、それらの質量の積に比例し、距離の2乗に反比例するというものだ。すべては比例、反比例の関係になっていて、距離を2倍にしたときに質量もついでに2倍にしておけば力は変わらない。全体のスケールを動かしても法則が変わらないようにできている。こういう性質は、電磁気力にもあてはまる。自然界のもっとも重要な法則は、どうもそういうふうにできているらしい。

重力と電磁気力には似たところがある。どちらも遠くまで力が届くということだ。重力のほうは誰もが知っている。月や太陽、惑星は遠く離れていてもみな重力が働いているし、もっと遠くを見ると銀河だって重力のおかげで美しい渦巻きをつくる。では電磁気力はどうか。ある程度遠くまで届くのは知っている。磁石は離れていても鉄をくっつけるし、下敷きは静電気で消しゴムのかすをくっつける。もっと遠くとなると雷だろうか。空の上と地上の電位差のおかげで放電がおこってびかびか光ったり大きな音を立てたりする。では、もっと遠くとなるとどうか。電磁気力のおかげで月の軌道が変わったという話は聞かない。でもこれは電磁気力が月まで届かないという意味ではない。電磁気力は電荷の正負で向きが逆になるので、正と負の電荷が互いに打ち消し合うのに対して、重力のもとになる質量には正しかないので、ものが増えると積み重なってどんどん強くなるという違いがある。電子一個にはたらく重力と電磁気力をくらべると電磁気力のほうが圧倒的に強いのだが、地球くらい大きなものになると、この積み重ねが効いてきて逆転する。そうだとしても電磁気力が遠くまで届かないということではない。単に正の電荷と負の電荷が打ち消し合っているというだけの話だ。

また話が長くなった。重力や電磁気力は遠くまで働くのだが、その基本法則は素粒子が見えてくるくらい小さなスケールで見ても変わらない。どの距離で調べてみても、働く力は距離の2乗に逆比例する。距離を10分の1にする拡大鏡があったとして、それを何度重ねても同じ物理法則が働いているのがわかる。

あれ? 待てよ。量子電磁力学での無限大は、どんどん短い距離のできごとを考えると出てくるのだった。電子がつくる電場は、電子のごく近くでは非常に大きくなる。それがまた自分にはねかえるとしたら、電子は自分自身のおかげでエネルギーを稼ぎ、ついには無限大のエネルギーをもつことになってしまう。でも、さっき考えたように、短い距離で起こることは(出てくる電荷の大きさを調整しておけば)長い距離で見えることと変わらないとしたら、これは一体どういうことだろうか。

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