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日本で行われた「模擬宇宙生活実験」

「誰もが宇宙に行く時代」に問われること

人類が月に降り立ってから50年が経った。世界の関心はいま再び月、さらにはその先の火星に向いている。

かつて国家的ビッグプロジェクトだった宇宙は、いまや大学の研究室やベンチャー、町工場までもがプレイヤーとなり、多くの民間資本がそこに関心を寄せる開かれた存在になった。だれもが宇宙を目指せる時代、自分は無理だとしても、自分の子どもはもしかして月や火星に行くかもしれない、そんな気にさせられる。

実際、いま世界各地で人が長期の宇宙飛行を想定した「模擬宇宙生活実験」が行われている。アメリカの非営利組織・火星協会は、ユタ州とカナダの北極圏にある施設を使い、定期的な滞在実験を200回以上、続けている。

今の技術で火星に行くには少なくとも3~4年の時間がかかるといわれる。国際宇宙ステーションでの「長期滞在」は、長くても半年だ。数年にわたり限られた数の人間が、閉ざされた空間で暮らすことは可能なのか。
宇宙を旅するには、長期の無重力環境が人体に及ぼす影響や、宇宙放射線、酸素、水、食料などの問題が浮かぶが、模擬実験で注目するのは、そうした技術によってカバーしうる部分ではない。人が宇宙で暮らした時に、彼らが何を感じ、どうふるまい、あまりにも長い時間をどう過ごすのかという、人間の本能ともいえる部分が問われている。

「極地建築家」村上祐資

その答えを問い続けてきた日本人がいる。「極地建築家」の村上祐資(41歳)だ。大学で建築学を学び、「建築はどう人を守るのか」という視点から、建築の意味や役割について考えてきた。そしてたどり着いたのが「人間をむき出しにする厳しい環境の中にこそ、美しい暮らしがある」という信念だ。地球上の極地と呼ばれる場所で暮らしてきた。富士山、ヒマラヤのベースキャンプ、そして南極観測隊員として約500日にわたり昭和基地に滞在した。

日本の南極観測隊は、1年に1度しか隊員の交代がない「閉鎖環境」とも呼べる昭和基地で、もう半世紀以上にわたり暮らしをつないでいる。南極は一歩間違えれば死が身近に迫る環境。そのなかで隊員たちは、積み重ねられた経験に基づく極地での所作を守り、今、この瞬間も遠く離れた地で暮らし続けている。「これからの宇宙が、南極に学ぶ意義は大きい」と村上は信じる。

南極での滞在を終えた村上は、アメリカで行われた模擬宇宙実験に唯一の日本人として選考され、実験に参加した。そしてこうした実験が日本でも行われることの必要性を感じ、今年2月から3月にかけ、日本初の民間による模擬宇宙生活実験「SHIRASEエクスペディション」を行った。

日本初の民間「模擬宇宙生活実験」

模擬実験はふつう、火星にそっくりな無人地帯や、あるいは建物内に宇宙船を模した大規模な施設を建設して行われる。だが日本にはそうした無人環境がないことや、村上個人で大規模な施設を建設するのも難しい。そんななか全面的な協力を得られたのが、元南極観測船「SHIRASE5002」だ。この船は2008年まで南極観測船として25回にわたり日本と南極を往復した船。今は一般財団法人WNI気象文化創造センターが千葉県船橋市の岸壁で維持・活用している。

この船の一部を「火星に向かう宇宙船」と見立て、4人のクルーが16日間にわたり滞在する実験を行った。別の部屋には「管制室」も設け、常時、クルーを見守った。「native」はこの実験の公式報告書にもあたり、そこで起きた記録を報告する。
(文・今井尚、写真・柏倉陽介)

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