見出し画像

「読み」を分解して考察してみた〜最速で初段になる将棋戦術〜

今回は、将棋の「読み」について、考察していきます。
「読み」とはいったいどういうことを行なっていてどういう力が必要なのかというところを紐解いていき、棋力向上にはどのような力を身につけていけばいいか考えるきっかけになればと思います。

読みの力の三要素

読みには以下の3つの要素が必要だと考えられます。

直感力
形勢判断力
探索力

直感力

ある一局面で正しい候補手を瞬時に想起する力のことを直感力と呼ぶことにします。
ある程度棋力がついてくると、局面を見たら瞬時に候補手がいくつか浮かんでくるようになります。
その速度が直感力の要素の一つです。
ただし、その手が悪手であったら意味がありません。良い手を思いつくことができるか、これも直感力の大事な要素です。
着手可能な手を全通り考えていたらキリがありません。正しそうな手を候補に挙げてから先を考えることで、効率的に読むことができるようになります。

形勢判断力

 ある一局面の正確な形勢判断をする力のことを形勢判断力と呼ぶことにします。
形勢判断とは、局面の良し悪しを判定することです。
良し悪しと言っても、良い/悪いだけ二択ではなく、やや良い、非常に良い、勝ち、やや悪い、非常に悪い、負け…など、さまざまなグラデーションで良し悪しを判断します。
将棋AIでは評価値として数値化して形勢判断をしています。将棋AIのように頭の中で数値化している人間はさすがにいないと思いますが、近しいことを人間も行なっています。
正確な形勢判断を行うことで、自身の形勢が良くなる将来の局面を想定し、正解の選択を選ぶことができるようになります。

探索力

自分の候補手が複数、相手の候補手も複数ある場合、先の局面を考えようとすると、複数の分岐が生まれます。
いろんな分岐の先を想起して、形勢判断をしていき、どの分岐が最も妥当かを検討していくことになります。
分岐が複雑化していくと、今どの分岐を考えているのか、今は何が最善の候補手なのか、こんがらがってきてしまいます。
また、考えても仕方のないところを深く考えても意味がありません。
必要なところを深く考えていくことが大事です。
持ち時間がある場合は、制限時間内で思考を整理する力も必要でしょう。
こういった、分岐を整理する力や必要と思われる分岐を選択する力など、思考のマネジメントをする力を探索力と呼ぶことにします。

有段者の頭の中

将棋の読みとは具体的にどういうプロセスで行われているのでしょうか。

具体例を元に考えていきましょう。

先手の手番です。
この局面を三段くらいの棋力の人が読む場合のプロセスを考えていきます。

まず、直感力を働かせ、候補手を挙げます。
① ☗7三桂成と詰めろをかける手
② ☗7六馬と相手の攻めの要の駒を取ってしまう手

この2つの手が思い浮かびました。

次にどちらの手が良いか検討するため、その先を相手と自分の手を直感力を働かせて考えます。
☗7三桂成に☖同金☗同金としてまた詰めろ。☖9三玉と逃げて、☗7二銀不成☖9二銀☗6五馬☖8四飛☗7五馬といった具合に数を足していけば攻めがつながりそう。
有段者の直感力であれば、このくらいの手順はパッと思い付きます。
☗7五馬と進んだ局面で形勢判断をします。

形勢判断は先手勝ち

☗8五桂までの詰めろで、受けても☗9五歩の攻めもある。自分の玉は詰まなさそう。これは勝ちの形勢だと考えます。
つまり今の局面は☗7三桂成を選択すれば勝ちだと判断します。

しかし、ここで探索力の「思考のマネジメント」を働かせます。
☗7三桂成から☗7五馬までの手順で、相手は最善手を指しているのだろうか? 反撃の手はないだろうか?
☗7三桂成の局面を改めて考え直し、自玉を見てみます。
そうすると、直感力を使って☖5九龍と龍を切る手を発見します。
☗同銀に☖6九飛と打たれた局面。

形勢判断は先手負け

細かい手順を考えている時間はないが何か詰みそう、ということは直感でわかります。

ここで☗7三桂成を選択すれば勝ちという判断を撤回します。

次の候補手☗7六馬を考えます。
この桂馬を取ってしまえば、いきなり詰まされることはなさそうです。
その後、☗7三桂成からゆっくり攻めていけばよさそうです。

☗7六馬☖同歩☗7三桂成の後の手順をいくつか考えます。
☖同金☗同金と進んだ局面。

☖9三玉、☖8二銀、☖9三銀などで相手が受けてきても、☗7四金打、☗8五桂、☗7二銀不成などいくらでも攻めがつながりそうな手があります。
変化手順後の局面の形勢判断をして、勝てそうだと判断します。

以上の読みを整理して
① ☗7三桂成は☖5九龍から負けそう
② ☗7六馬は勝てそう
となり、☗7六馬を着手する、という結果になります。

言葉にすると長いですが、有段者はこういった読みを数秒〜数十秒で考えて指しています。

読みのプロセス

① 直感力を使って候補手を挙げる
② 候補手の分岐に対して1手ずつ直感力を使って先の局面を考える
③ 分岐の先の局面を形勢判断をする

④ ②、③を、候補手の分岐、分岐の分岐などさまざまなパターンで行う
⑤ 分岐の先で形勢判断した局面で最も自分の形勢が良い局面の候補手を選択する

言葉にすると分かりづらいですが、おおよそこのような流れで読みが行われています。
①、②で直感力を使い、③で形勢判断力を使います。④、⑤でさまざまな分岐を整理、精査するのが探索力です。

「指した瞬間悪手に気づく」のメカニズム

自分の手番で長考している時は良い手だと思っていたのに、指した瞬間悪手であることに気づいて青ざめた経験、よくあるのではないでしょうか?
何でそんなことが起こるのでしょうか?
読みのプロセスを元に考察してみたいと思います。

現在の局面で直感力を働かせ、複数の候補手が思い浮かびます。
ある程度の棋力になると、「今の局面で複数の候補手を想起する」というのは得意になってきます。

しかし、棋力の高い人でも相手の手は省略されがちで第一候補しか考えないことが多いです。先ほどの例だと、☗7三桂成や☗7六馬という複数の候補手は思いつくのですが、☗7三桂成に対しては☖同金しか考えない、といった具合です。
分岐の分岐になると複雑になって処理しきれなくなるので、無意識的に省略してしまっているのかと思います。

しかし着手すると状況は変わります。
現局面が相手の手番になります。
「今の局面で複数の候補手を想起する」のは得意なので、相手の手番でも直感力が働き複数の候補手が思い浮かびます
☗7三桂成と指した瞬間に、☖5九龍が見えて青ざめるということです。
これが「指した瞬間悪手に気づく」という現象のメカニズムではないかと考えられます。

相手の最善手を見誤ってしまうというミスと、分岐の分岐を省略してしまうというミスによって起こりました。
前者は直感力、後者は探索力に関する部分です。これらの力を鍛えることでいわゆる「うっかり」が減らせるかと思います。

読みの力を鍛える

ではどうやって読みの力を鍛えればいいのでしょうか?
これは将棋の永遠の課題で、残念ながらこれをやれば必ず強くなれるという魔法の杖は見つかっていません

ただ、直感力、形勢判断力を鍛えられるコンテンツはたくさんあります。
例えば、詰将棋は詰み形の直感力を鍛える効果があるでしょう。
実戦を指し自分の悪手を振り返ることで、直感を是正する働きがあるかと思います。
また、将棋の書籍には「先手よし」「後手優勢」といった記載があります。形勢判断力の精度を上げるために使える情報です。
将棋AIの評価値も形勢判断力の精度を上げる要素になるでしょう。
こういった方法で直感力、形勢判断力は自然と鍛えられていくかと思います。

しかし、探索力を鍛えるコンテンツはないように思います。
将棋で「思考のマネジメント」なんて言葉聞かないですよね(笑)。
・時間切迫で焦って悪手を指してしまった
・同じ手順を何度も重複して読んでしまって時間を使いすぎてしまった
・数手前には読んでいたことを忘れてしまって悪い手の方を選択してしまった
など、思考方法の問題でミスを犯してしまうことは多々あると思います。
こういったことを減らすための思考方法を言語化できたら、将棋の上達に貢献できるのではないかと考えています。

将棋AIの読み

最後に将棋AIと読みについて考えてみます。

将棋AIも人間と同様に直感力、形勢判断力、探索力の3つの要素を使っています

コンピュータなので記憶、整理は得意中の得意です。昔から将棋AIの「探索力」は人間を遥かに凌駕しています。しかし直感力、形勢判断力はまだまだ人間に分がありました。

そこにBonanzaという将棋AIが登場し、局面を評価する「形勢判断力」の精度が格段に上がり、将棋AIのレベルが一気に上がりました。
しかし、まだ直感力は皆無でした。圧倒的な探索力でしらみつぶしに調べてカバーしていました。

近年、ディープラーニング系の将棋AIが登場しました。局面からいきなり指し手をアウトプットする、いわゆる「直感力」が優れた将棋AIになります。
これにより、直感力、形勢判断力、探索力全ての要素が出揃い、全ての要素で人間を凌駕するようになりました。

そして現在、将棋AIは人間の力をはるかに超えるところに位置しています。

まとめ

読みの力は以下の3つ
   直感力: ある一局面で正しい候補手を瞬時に想起する力
   形勢判断力:  ある一局面の正確な形勢判断をする力
   探索力: 思考のマネジメントをする力

3つの力を組み合わせて読みを行っている

相手の手は省略されがちなので「指した瞬間悪手に気づく」が起こる

読みを鍛える最良の方法は見つかっていない。探索力が鍵。

将棋AIも直感力、形勢判断力、探索力を使っている

将棋ウォーズ運営チーム ハル

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?