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【第3回シアターホームステイプロジェクト】森田諒一 レポート

若手の演劇人・アーティストが他地域の小劇場に滞在し、今後の活動について構想する「シアターホームステイプロジェクト」。
2023年7月~2024年1月に行われた第3回目の参加者によるレポートの紹介です。


■森田諒一(あくびはうつる)
 横浜→盛岡
 風のスタジオ 2023年11月21日(火)〜27日(月)


「特別な場所とそばのコンビニ」

 シアターホームステイで11月21日から27日まで岩手県盛岡に滞在した。風のスタジオでのシアターホームステイとなったが、期間中は主に風のスタジオを運営するNPO法人岩手アートサポートセンターが主催する、盛岡市での芸術祭『もりおか周遊芸術祭』をみてまわった。また、盛岡での滞在中は森田が東京で活動している演劇チームの稽古も行った。この岩手県の滞在で感じたことを書きたいと思う。

1 盛岡

 私は、岩手県に行ったことがなく、今回がはじめての盛岡だった。岩手に対するイメージは、遠野物語の舞台、宮沢賢治といった文学に関するものである。人生初の深夜高速バスにのり(ほとんど眠れなかった)、21日の早朝6時頃の盛岡駅のバスターミナルにつくと、東京からの長旅でからだがぐったりとしていた。想像していたよりも寒くなく、過ごしやすい気候だった。

バスを降りてすぐに巨大な山が見えた。くっきりと山の輪郭まで見えて、とても美しかった。私は、これだけで盛岡に来た価値がある景色だと感じた。早朝の街をあるきながら、至る所にある案内板や、看板をみて、やはりここは宮沢賢治の街なのだな、と感じた。それと同時に、東京で見慣れた様々な店を見つける。盛岡冷麺のお店や、盛岡の居酒屋に混じって、コンビニや、牛丼チェーン店がある。
私はお腹が空いていたので、朝からやっていたその牛丼屋で、東京で食べるものと変わらない牛丼を食べた。

 盛岡市内は歩いているだけで楽しかった。歴史的な建物だけでなく、自然も豊かだ。初日は盛岡城跡公園を散歩した。公園には、おそらくなんらかのツアーの参加者たちがおり、説明を受けていた。城跡公園からは街の様子が一望できる。そしてその背景には、巨大な山。わたしがこれまで生活してきた場所とはまったく違う景色だった。ここで生活するとはどういうことなのか、ここで演劇をするというのはどういうことなのか、と考えた。もともと風のスタジオに来る前に調べていた範囲で気になっていたことは、岩手県のなかにたくさんの劇団、演劇が存在していることであった。なぜ岩手でたくさんの演劇があるのか、その疑問があった。

 風のスタジオを見学させてもらう。演劇の上演ができる劇場である「風のスタジオ」と多目的スペース「風のアトリエ」、リハーサル室がある。風のスタジオは、客席がならぶ正面の空間だけでなく、上手側に広い不思議なスペースがあり、劇場として工夫する余地がとてもある場所だった。
 客席はとても座りやすい椅子で観劇するのも楽だろう。こういう場所で学生の頃から公演ができるというのは、素直に羨ましいと感じた。練習ができる空間と、上演ができる空間が、同じ劇場に存在しているという環境は、とても恵まれている。自分はまだ演劇の活動をはじめたばかりだが、自分の活動している範囲のなかには、こういう場所はあまり存在しない。

 ホテルに帰ってから、オンラインで東京のみんなと演劇の稽古をした。オンラインでネットをつなぐ。たとえ盛岡にいても、地理的に離れていても、こうして仲間たちと稽古ができることの面白さを感じた。それでいて、盛岡にいることの意義を稽古のなかに持ち込むことが難しい。せっかくこの場所にいるのに、その場所で稽古していることの意義を、オンラインの稽古のなかに見つけたいと感じた。わたしは、地理や時間に制約されない演劇の作り方をできないかとおもって東京で活動している。盛岡での滞在を活かして、新しい稽古のやり方を開発できないかと思ってオンライン稽古をしたのだが、この日の稽古ではあまり成果が出なかったかと思う。不思議なのは、岩手盛岡というその土地の独特なものと、東京で見慣れた景色同じ仲間の顔とが同時に存在していることだ。旅に出る人間は、当たり前に思うことなのかもしれないが、わたしにとってはとても新鮮だった。

2 盛岡周遊芸術祭

 盛岡周遊芸術祭は、盛岡市の歴史的な建造物を舞台にパフォーマンスを行う。ホームページには「歴史が刻まれた建造物でのライブパフォーマンスによって、盛岡市が歩んできた過去と現在をアーティストたちが繋ぎます。時間を越え、ひとつの空間で過去と未来が重なることで、未来の盛岡での風が感じられるかもしれません」と書かれている。ある場所でパフォーマンスをすることで、その空間のもつ歴史や積み重ねと関係を結ぶことができる。これも個人的なことだが、わたしの地元には歴史的な建物がなにもない。それは、人工的に開発されたニュータウンであるからであって、もしかしたらもっと丹念に調査をしたら見つかるのかもしれないが、少なくとも、盛岡のよ
うなレンガ造りの建物や、古い建物は見つからない。歩いていける場所に歴史的な施設があるというのは、ほんとうに羨ましいと感じた。

 ここからは、盛岡周遊芸術祭の感想を書いていこうと思う。

旧岩手県令邸公演で観劇したパフォーマンス

・オープニングイベント
 岩手周遊芸術祭のオープニングをかざるイベントで、旧岩手県令邸をパフォーマーと観客がツアーしていくパフォーマンスと、自然の歴史を利用し、建物の機能を再現したようなインスタレーション、トークがあった。中でも興味深かったのは、作家のアラカワケンスケ氏と建築家の千葉光氏のトークだった。手のかかるような場所のほうが、愛着がでてくる。なにか不完全な場所に、たくさんの人の手が加わって、結節点のような場所になっていく。土地のツボを押す、という表現が印象的だが、どうやって人を集める場所をつくるのか、という点でたいへん参考になるトークだった。

・ト(”)リップ
 旧岩手県令邸の一部屋で、歴史を物語るガイドの説明を聞く。建物のなかに俳優がいて、台詞を話す。冒頭で、ガイドの作家から建物の由来を聞き、その後それと同じ展開が続く。ラストでは、外部から観客であるわたしたち自身を含めてデジタルアーカイブされた建築物の一部となり、未来の若者からのコメントが聞こえてくる。もっとも明確に建物の歴史を意識した作品だとおもったし、過去だけでなく未来にどう在るか、という視点が面白かった。それはこうした歴史的建造物が、モノとしてなくなったとしても、別のかたちでも残っているという、スケールの大きな視点だった。

・山月記
 三階の倉のなかで、中島敦の山月記のソロパフォーマンス。楽器演奏者と演者のシンプルな形だったが、俳優の存在感と倉の独特な雰囲気が絶妙に絡み合って、不思議な質感の作品になっていた。演劇というものが、そういったなにもないところからでもできるのだとあらためておもえたことも幸せだったし、その場所のもつ性質のようなものが、山月記の空気感を醸成するのに役立っていたとおもう。もっともこの建物である必要のない作品であったが、それゆえに、観客が好きなように建物との関係を想像できるだろうとおもった。これもよい体験だった。

岩手銀行赤レンガ館公演で観劇したパフォーマンス
・ベートーヴェンを踊る
 ベートーヴェンの楽曲をダンス化。映像作品、ソロ作品、ペア作品となん作品かあったが、あまりそれらが連続している感覚はなかった。ともかく会場のインパクトが抜群で、パフォーマンスをみにきたわけではない客が観客席から見えたり、この場所でやる不思議さがあった。それだけでなく、ベートーヴェンのイメージと、洋風建築のもっている雰囲気が重なりあって、素晴らしい迫力があった。

 以上がわたしが参加した芸術祭のプログラムであった。その他にも、盛岡市内の各地にト(”)リップカードと呼ばれるテキストのかかれた名刺サイズのカードを設置して、町歩きを促すなど興味深い企画があった。この芸術祭に観客として参加しながら、必要があれば近くのコンビニへいく、とい生活をしていた。コンビニはとても便利だった。

3 演劇文化
 
 最終日に至るまでに、わたしのなかに膨らんだ大きな謎である盛岡の演劇文化について、もっとも詳しく知ることができたのは、風のスタジオについての説明をうけたこのときだった。そもそも盛岡にはアクティブな劇団がかなりの数あり、多くの公演がおこなわれている。わたしは、それなのにも関わらず風のスタジオのことをあまり知らないことが不思議だった。このホームステイに参加するために劇場を調べていたとき、ホームページをみつけてはじめてとても面白そうだとおもったのである。

 風のスタジオ、そして、NPO法人いわてアートサポートセンターの由来を、工藤さんからかなり細かく聞く。そのことをここでうまく書けるかどうかはわからない。印象的だったのは、移り変わる社会情勢のなかで単純に劇場を利用することだけでなくさまざまな戦略で活動を、持続しているということであった。盛岡市内には、風のスタジオ以前からブラックボックスの劇場があったり、行政の側から公共施設を市民に使ってもらう施策を行ったりと、現在に至るまで、30年以上にわたる多くの人の活動があった。

 演劇を上演するのも観客も、盛岡で生活している人びとである。演劇が文化としてあるのではないか、と想像した。そしてそれは、地域の小さな劇場のおかげなのではないか、と。わたしはまた地元と比較して、もっとはやく演劇に出会いたかったとおもう。そして、演劇の文化が根付くには、長い時間が必要なのだとおもった。この盛岡の演劇文化は、とても興味深いので、もっと調べてみたいと思う。このホームステイ期間を通して強く感じた。盛岡と、風のスタジオのことを考えれば、もっと別の場所の活動にもいかせるのではないかと感じた。

4 そこにいることと、遠くで繋がること

 地域の劇場のなかで、演劇が生活に根付いている。それは、日々生きているひとの誇りに繋がっている、かもしれない。そこには、盛岡の豊かな歴史が繋いできたものともなにか、関係があるかもしれない。わずか数日の滞在で感じたことなど些細なことかもしれないし、ちゃんと研究所する必要があるのだとおもうが、それは関係があるとおもう。その場所が残っていることの価値を、愛着をもって育てていくことが必要だ。わたしたちの考える先の演劇の文化には、こうした残っていくことがとても大切だおもう。
 それと同時に、世界には同じようなものがあふれ、どこにいてもオンラインで繋がれることがある。たとえばどこにでもあるコンビニに、愛着はないが安心できる。劇場はそういうものとしてあるべきなのか?極端にどちらかというわけではなく、ふたつの関係が入り交じっていくのが理想だろう。なにをもってして、特別な場所にしていくのか、それをどのように普通にしていくのか、文化にしていくのか。

 わたしの文章力が拙いために、よいレポートを書けている自信がないのだが、こうして考えたことは、新しい演劇活動についてのヒントになるはずだ。百年後どうなっているかみてみたい。そういう演劇の場所を作るという気持ちが必要かもしれない。また盛岡にいきたい。そして今度は、そこで作品を作りたい。 

主催:一般社団法人全国小劇場ネットワーク
助成:公益財団法人セゾン文化財団「創造環境イノベーション」

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