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歴史ある製法の靴を履いてみてほしい

埼玉県の北部で靴工房をやっています。

昨今では、昔からあるものの素晴らしさを改めて実感することがありまして、例えばご飯を入れておくおひつなんて、あれはよく考えられたものだと改めて実感しています。

炊飯器で炊いたご飯を木のおひつに移すと、余分な水分をおひつが吸ってくれて、それだけでおいしいご飯になります。

機械式の時計は、正確さでは最新の電波時計には敵いませんが、まるで生き物のような温かみを感じます。

機械式の時計は、壊れてもほとんどの場合で直すことができると聞いたことがあります。

ずっと付き合っていくとなると、それなりにメンテナンスが必要になりますが、永く付き合える相棒のようなものです。

靴の場合は、木のおひつのような心地よさ、つまり包み込まれるような履き心地を感じることができると同時に、機械式時計のような温かみを感じて、修理をしながら永く付き合うことができる製法があります。

それは、ハンドソーンウェルテッドという製法です。

あまり聞きなじみがない製法かもしれませんが、1879年にグッドイヤーウェルテッド(グッドイヤーウェルと製法)が発明される以前は、このハンドソーンウェルテッドが一般的だったのではないかと思います。

1800年代後期なので19世紀の話です。

何をいまさらそんな昔の製法なんてと思われるかもしれませんが、じつはこのハンドソーンウェルテッドは非常に理にかなった製法であり、現代の技術との融合で非常に履きやすい靴を作ることができる製法なのです。

それなら、もっとハンドソーンウェルテッドの靴が主流になっても良いのではないかと言われてしまいそうですが、このハンドソーンウェルテッドの靴を作るには、現在高級靴といわれるものに採用される製法のグッドイヤーウェルテッドの何倍もの時間がかかり、おまけに手作業じゃないとできない工程がたくさんあり、現実問題として量産が難しいのです。

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こんなふうに、靴のインソールの裏側に加工されたリブとアッパーの革と、ウェルトと呼ばれる細い革を縫い合わせて靴を作っていく作業がウェルティングで、その作業を手作業で行うのでハンドソーンウェルテッドといいます。

グッドイヤーウェルテッドはその作業を機械で行うのですが、機械で行えるように構造をかなり変えてあり、結果としてハンドソーンウェルテッドの優しい履き心地は薄れてしまっています。

ここまで聞くと、ハンドソーンウェルテッドの靴はちょっと気難しそうとか、クラシックカーに乗るように何か特別な手間が必要なんじゃないの?って思ってしまうかもしれませんが、じつは全然そんなことはなく、履き方は機械で生産されるグッドイヤーウェルテッドと同じです。

私自身、普段履きとして履いています。

さらに、ハンドソーンウェルテッドの靴は、大量生産ができない反面、基本的に少量生産なので、お客様ひとりひとりの足に合わせて作るには非常に適しています。

ハンドソーンウェルテッドの靴の既製品を作るのと、お客様の足に合わせてハンドソーンウェルテッドのオーダーメイドの靴を作るのとを比べても、製作上の手間の違いといえば、足を計測してラストを作ることと、そのラストに合わせたパターンを作ることくらいなのです。

つまり、大量生産ができないハンドソーンウェルテッドは、オーダーメイドに適した製法なのです。

そして、大本命のハンドソーンウェルテッドの靴の履き心地ですが、これは職人が靴を作るうえで手勘で素材の一番良い状態を探りながら作り上げる上に、履く方の足の状態に合った硬さ、締め具合、そして靴全体のセッティングで仕上げますので、履きやすくない訳がないのです。

時代が進んでどんどんモノが合理的に作られるようになってきていますが、合理的じゃない方が良いものができることだってありますし、加えて昨今のフィッティングの技術の向上で、昔の靴のように硬くて足が痛いなんてことがほとんどなくなっています。

歴史ある製法と、現代の技術の融合っていうヤツですね。

世界的に見て、まだ日本は欧米に比べて靴の文化の平均値が低いものの、靴が好きという人が一定数存在し、さらにかつての靴ブームの影響もあってか海外で修業を積んだ作り手が健闘しているので、今ならまだ日本国内でハンドソーンウェルテッドの靴を入手(オーダー)することができます。

でも、今後の靴の文化はどうなってしまうのか全く分かりません。

クルマだって、どんどんマニュアルがなくなってラクなオートマばかりになってしまっているくらいですから。

ぜひ一度、ハンドソーンウェルテッドの革靴を履いてみていただきたいと思います。

革靴のイメージと世界観が大きく変わるはずですから。





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