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【あとがき公開!】太田忠司の文庫化新刊『道化師の退場』


太田忠司先生の『道化師の退場』が、2023年9月8日、祥伝社文庫より発売! 
『麻倉玲一は信頼できない語り手』著者の野心作! その刊行を記念し、著者が文庫化に当たって書下ろしたあとがきをお届けします。


あとがき――ドコカノダレカさんへ         太田忠司

 あなたは、この文章をいつ読むでしょうか。
 作品を読み終えた後か、読む前か、あるいは書店でたまたま手に取ってこのページから読んでみたのか。
 一応「あとがき」と題していますけど、どんな順番で読まれてもいいです。その心づもりで書くことにしましたから。
 目的はひとつ。あなたに読んでもらうこと。それだけです。

 もう結構な年月の間、僕は小説を書きつづけてきました。良く言えばベテランですが、古くはロートルという言いかたもしました。まあ、そう言われるだけのキャリアがあります。
 それなりに小説を書いてきました。僕より多作な作家さんももちろんいますけど、でも多く書いてきたほうではないかと思います。
 そんな僕のささやかなキャリアの中でも、この作品『道化師の退場』は特別なものです。でも、そのことに気付いたのはつい最近、文庫化に際して作品を読み直したときでした。

 書店に並べる小説は商品でもありますから、売り込みが必要になります。特にエンターテインメント小説の場合、どんな面白さがあるのか、何か特別なのか、そうした「売り」を前もってプレゼンする必要があるのです(そんなこと全然考えなくていい作家や作品もありますが、僕は多くの場合そうしているということです)。
 この『道化師の退場』において「売り」は「余命半年の探偵」というものでした。担当の編集さんには「次に書くのは余命半年の探偵の話です」と告げて了承をもらい、本にするときも帯のコピーに「余命半年の探偵」と書いてもらいました。
 余命半年の探偵――目を引きやすいキャッチコピーだと思います。編集さんが執筆にGOサインを出してくれたのも、この言葉が功を奏したからでもあるでしょう。
 ここで正直に告白します。GOが出た時点で僕がこの作品で思いついていたのは、ほぼこの言葉だけでした。書けると決まってから、ではどんな話にしようかと考えたわけです。
 今、「ほぼこの言葉だけ」と書きました。完全にこの言葉だけ、ではなく、ぼんやりと頭に浮かべていたものはありました。それは余命半年の探偵が衰弱する体に鞭打って最後の事件に臨む、というものでした。このキャッチコピーを見たひとの多くが想像するであろうストーリーです。その心づもりで大まかなプロットを組み立て、執筆に取りかかりました。
 しかし書きはじめてすぐに、違うと思いました。思ってたのと違う。話が別の方向へ動いていく。
 そうなったのは視点人物として設定した永山櫻登という人物が冒頭で登場したときからでした。彼は足許に転がってきたテニスボールを拾い、それを転がした子供と会話を始めます。その時点で僕は櫻登が妙なことを話していることに気付きました。饒舌で中身がなくて、なのにどこか核心を衝いている。もちろん彼の話すことは僕が頭の中で考えたものです。でもこれは小説を書いた経験のある方なら賛同していただけると思うのですが、何から何まで自分の思っていたとおりに書けるわけではないのです。その瞬間に思いついた言葉、頭に浮んだ状況を文字にしてみたとき、想定とは少し違ったものになっている。その違ったものをベースにして次のシーンを書いてみると、更にどこか少し違ったものになる。それが連続すると気が付いたとき、物語は当初の目論見から大きく外れてしまうのです。
 この『道化師の退場』では、それが冒頭から起きました。このままでは櫻登が制御不能になるかもしれない。対策はふたつ。あらためて全部書き直すか、それともプロットを組み直すか。
 あまり悩みませんでした。僕はこの櫻登という人物に興味があったからです。このまま書き進めて、彼が何を始めるのか見てみたいと思いました。なので用意していたプロットは一度捨て、彼を中心に書くことにしました。余命半年の探偵――桜崎真吾の話はメインにならないかもしれない。でも、しかたない。書き上げて編集さんに提出するときは「すみません、余命半年の探偵の話にはなりませんでした」と謝ることにして、櫻登に頑張ってもらおう、と。
 そうして書き上がった作品は、自分でも評価の難しいものでした。櫻登という変わったキャラクターに引きずられ思わぬ場所まで連れて行かれたように思えました。
 そうでありながらラストシーンでは、そもそもの始まりであった「余命半年の探偵」の真の意味が明らかになります。このラストは書き進めているうちに思いついたものですが、最初は書くことに躊躇しました。いくらなんでも、という気持ちが先に立ってしまったからです。それでも書かないではいられなかった。
 作品をどう受け止めたらいいのか自分でもわからないまま、完成した『道化師の退場』は世に出ました。そしてこれまで書いてきたいくつかの小説の中でも少しばかり毛色の変わったものとして、記憶の棚に収めることになりました。

 その作品を文庫化することになり、三年ぶりに読み返すことになりました。そしていささか、いや、かなり驚きました。印象がまるで変わっていたからです。
 支離滅裂とまでは言わないものの、少々とりとめのない話にしてしまったと思っていたのに、読んでみると何もかもそうあるべき形になっていました。あれほど振り回されていた櫻登も物語の中でしっかりとしたキャラクターを作り上げていました。謎があり、解明があり、人々が動き、死に、そして、あのラストシーン。こうなることが当然であるかのように読み終えることができました。
 右往左往しながら書いていた記憶が薄れたせいかもしれません。そこにあったのは、ゆるぎのないプロットに支えられたミステリでした。
 僕はこんな小説を書けていたんだな。
 そんな感慨がわいてきました。
 じつは最近、自分の書いているものに疑問を持ちかけていたのですが、この作品はそんな僕の自信を甦らせてくれました。
 僕は、こんな小説を書ける作家なんだ。

 この文章を読んでいるドコカノダレカさん。
 僕はこの小説を、自信と誇りを持ってあなたに差し出すことができます。
 これが、太田忠司のミステリです。


著者プロフィール

1959年、名古屋市生まれ。一人六役の離れ業に挑んだ90年のデビュー作『僕の殺人』以来、本格ミステリの先端を走る。22年に『麻倉玲一は信頼できない語り手』で徳間文庫大賞を受賞。祥伝社既刊に、作家探偵霞田志郎が天才ライバルと対決する『男爵最後の事件』までのシリーズや、『ルナティック ガーデン』『幻影のマイコ』などがある。


『道化師の退場』あらすじ

心があるふりをして生きる僕が、証明したいのは母の無実。
はじまりは孤高の女性作家殺人事件――
死に臨む探偵が、最後に挑む難題とは?
追及は悲劇を呼び、ついに驚愕のラストが!?

往年の名優桜崎真吾は、数々の事件を解決し、探偵としても名を馳せていた――。膵臓癌で余命半年の彼を、青年永山櫻登が訪ねる。前年夏、作家来宮萠子が渋谷区松濤の自宅で刺殺された。凶器の指紋により容疑者とされた櫻登の母春佳は、「わたしに責任がある」と言い遺して自殺。無実を信じる櫻登は、桜崎に真相究明の助けを求めたのだ。だが、追及の先に浮かび上がったものとは!?



書誌情報

ISBN:978-4396350062 文庫判 定価946円


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