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はじめに|牧野知弘『なぜマンションは高騰しているのか』

はじめに――超高額マンション完売に沸くマーケット

「新築マンションの販売価格が1戸で55億円!」。

 2017年4月、三井不動産レジデンシャルが分譲した「パークマンション檜町公園」は、世間を騒がせました。場所は「東京ミッドタウン」の近く(東京都港区六本木4丁目)、最高価格55億円を付けたのは7階建て最上階で、住戸面積580㎡(175坪)でした。1坪(3・3㎡)あたり(販売坪単価。以下、坪単価)3135万円という天文学的な価格です。購入者は、報道などによれば香港系の財閥だそうです。

 この金額を上回ったのが、2021年4月に分譲された「マーク表参道ワン」です。売主はファルコンホールディングという特定目的会社(SPC)で、公に広く売り出されたわけではありませんでしたが、最高価格の住戸は面積626・93㎡(189坪)で67億6000万円、坪単価3564万円でした。 

 さらに、この記録を塗り替える物件が登場します。森ビルが事業主で、虎ノ門・麻布台プロジェクトの一環として2023年11月にオープンした「アマンレジデンス東京」です。

 高級ホテルのアマンによる各種サービスが付いた超高級ブランデッドレジデンス(第1章で詳述)は64階建て、高さ330mと、現時点(2024年1月)で日本の最高層建物となります。この54~64階に91戸のマンションが誕生したのです。販売にあたっては価格などの情報は公開されず、相対になるようですが、最高価格は1500㎡(453坪)で2億ドル(280億~300億円)と噂されています。

 アメリカのニューヨークやモナコ公国などでは、戸あたり300億~500億円のマンションは存在しますが、アマンレジデンス東京は世界的に見ても高価格と言えるでしょう。

 この物件の去就はともかく、時代は新たな高みを目指しているように見えます。かつて超高額マンションと言えば1億円、いわゆる「億ション」でした。ところが今や、それは普通のマンションに成り下がり、不動産業界では昨今、超高額マンションとは「2億ション」「3億ション」を指します。つまり販売価格で2億円を超えないと超高額マンションとは呼ばないのです。
確かに、東京の赤坂や六本木などで販売されるマンションでは3億円を超える住戸は珍しくありません。本書では、坪単価700万円以上、販売価格3億円以上のマンションを「超高額マンション」と定義します。
 
 ちなみに本書では「高額」と「高級」を使い分けることとします。マンションの価格がなぜ高くなったのかがテーマですから、マンションの立地や建物仕様が「高級」であることとは別の意味として「高額」と表現していることをお含みおきください。

 今、業界で話題になっているのが、港区三田1丁目で三井不動産レジデンシャルと三菱地所レジデンスが共同開発する「三田ガーデンヒルズ」です。
2025年3月に引き渡し予定、総戸数1002戸の巨大プロジェクトですが、タワーマンションではなく地上14階建てのマンション2棟で、住戸面積29・34~376・50㎡、平均坪単価は1300万円です。アマンレジデンスと比べればかわいらしく映りますが、価格は85㎡(25・7坪)・3LDKで3億3000万円です。ちっともかわいくないですね(笑)。広い住戸は4億円を超えてきますから、庶民にはとても手が届きません。

 大阪も負けてはいません。大阪駅北口の再開発事業「うめきた開発」の第2期で登場する46階建てマンションは、最上階の住戸の価格は何と25億円! 住戸面積は300㎡(約90・7坪)ですから、坪単価2755万円になります。大阪でも、超高額マンションが供給されるようになったのです。

 こうした動きを見て感じるのは、もはやデベロッパーは一般国民などを相手にしていないということです。善きにつけ、悪しきにつけ、日本社会および日本人の階層化は進行しています。高度成長期から平成初期にかけて形成された分厚い中間層はすでに崩壊し、少数の富裕層と大多数の貧困層に分断されるようになりました。そんな日本で、デベロッパーは誰を相手に商売をすればよいかを熟知し、言わば確信犯で事業を行なっているのです。

 摩夜峰央原作のコミックで映画にもなった『翔んで埼玉』に、「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ!」という有名なセリフがありますが、これを「埼玉県人」ではなく「一般国民」に言い換えられる時代が、現実になってきたのかもしれません。デベロッパーは、上級国民が満足するような超高級マンションを提供して稼ぐことに忙しく、あまり儲からない一般国民を相手にすることに興味を失っているように見えます。

 時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、こうした状況にはどのような背景があるのでしょうか。

 不動産は社会のインフラと言われます。とりわけ、マンションはストック数で700万戸にもなる一般的な居住形態になっています(戸建ては同2700万戸)。それが居住という目的を離れて投資商品になるなど、進化し始めています。こうした進化の先には、何が待っているのでしょうか。

 本書は、マンション価格の高騰から、日本社会の変化、そして未来を考察するものです。最後までおつきあいいただければ幸いです。

牧野知弘