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はじめに|適菜収『安倍晋三の正体』

安倍晋三元首相が襲撃されてから間もなく1年が経ちます。死後、安倍氏の功績を称える本がベストセラーになり、「安倍首相を神として祀りたい」といった宮司の発言が話題になるなど、安倍氏を神格化しようという動きはさまざまに見られます。本書『安倍晋三の正体』は、安倍政権に警鐘を鳴らし続けてきた作家の適菜収さんの”総決算”となります。生前の安倍氏の言動を分析することで、安倍氏が今の日本に残した大きな負の遺産を明らかにします。

はじめに 「危機状況」を直視せよ


教育者の新渡戸稲造は言う。

《伝記を書くには人の性格のあらゆる方面を表すように書くのであるから、それはその人間が何も考えていない時にその人間を描くのが本当で、他処行きのような緊張した時のことばかりを書いたものならば浄瑠璃本を読んでも変ったことはない》(「読書と人生」)

安倍晋三の死後、粗製乱造された礼讃本は一面しか捉えていない。それどころか偽書に近いものもある。

読売新聞の記者が聞き書きして、「官邸のアイヒマン」と呼ばれた安倍の利害関係者が監修した『安倍晋三 回顧録』(以下『回顧録』)なる本も出版されたが、読んでいるうちに、この本の目的がわかってきた。質問は網羅的でよくできている。安倍にとって不都合な事実もきちんと取り上げている。ただ驚くべきことに、事実を矮小化したり論点をずらしたりと質問にまともに答えない安倍に対し、記者はそれ以上追及をしない。要するに、安倍の弁明を垂れ流す本になっているわけだ。

特定のイデオロギーを通せば、目の前で発生している現実でさえ、見えなくなる。

本書の目的は、検証可能な事実を基に安倍という人間の本質を明らかにすることである。ひいては安倍を担ぎ上げてきたわれわれの社会の病を炙り出すことだ。

安倍個人を批判したり揶揄するだけでは意味がない。

プロイセンの哲学者フリードリッヒ・ニーチェは『この人を見よ』でこう述べる。

《ただ私は個人を強力な拡大鏡として利用するだけだ。危機状態というものは広く行きわたっていてもこっそりしのび歩くのでなかなかつかまらない。ところが個人という拡大鏡を使うとこれがよく見えて来るのである》
《またこれと同じ意味において私はヴァーグナーを攻撃した。もっと正確に言うと、すれっからしの人を豊かな人と取り違え、もうろくした老いぼれを偉人と取り違えているドイツ「文化」の虚偽、その本能-雑種性を私は攻撃した》

風邪をひいている人間を見ることはできても「風邪自体」は見ることができない。それと同じで、安倍という人物を通すことにより、わが国の「病」が見えてくる。

「週刊文春」「週刊新潮」「新潮45」「ザイテン」「ベストタイムズ」「日刊ゲンダイ」……。私は長期にわたり安倍の言動を観察し文章にしてきたが、そこから見えてきた「現実」「危機状況」を本書にまとめた。いわば総集編である。

なお、肩書は当時のものに統一、敬称はすべて省略した。

適菜 収

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