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【メモ】預金の帰属に関する裁判例・学説

■客観説

「出損者をもって預金者とする立場」(潮見佳男『プラクティス民法 債権総論』〔信山社,第3版,2007年〕329頁)。判例・従来の通説。

最判昭和48年3月27日民集27巻2号376頁(無記名定期預金について)
「ところで,無記名定期預金契約において,当該預金の出捐者が,自ら預入行為をした場合はもとより,他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し,この者が預入行為をした場合であつても,預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意図で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められないかぎり,出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは,当裁判所の確定した判例であり(昭和29年(オ)第485号同32年12月19日第一小法廷判決・民集11巻13号2278頁,昭和31年第(オ)37号同35年3月8日第三小法廷判決・裁判集民事40号177頁),いまこれを変更する要はない」

最判昭和52年8月9日民集31巻4号742頁(記名式定期預金について)
「右事実関係のもとにおいては,本件記名式定期預金は,預入行為者であるA名義のものであつても,出捐者であるB,ひいてはその相続人であるCをその預金者と認めるのが相当であつて,これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。」

「預金債権者が誰であるかも1つの問題であるが,判例は記名式か無名式かを問わず,出捐者を預金債権者と解する。」(平井宜雄『債権総論』〔弘文堂,第2版,平成6年/平成8年部分補正〕198頁)


ただし,最判平成8年4月26日民集50巻5号1267頁最判平成15年2月21日民集57巻2号95頁最判平成15年6月12日民集57巻6号563頁を契機に議論が為されている。

「判例の新たな動きを客観説からの転換と受け止めてよいかどうかは別として,少なくとも客観説の当否をあらためて検討すべき時が来ているというべきだろう。」(山本敬三『民法講義4‐1』〔有斐閣,2005年〕65頁)。

判例で「述べられている理由づけのどの部分に力点を置いて読むかしだいで,客観説と異なる法理を採用したものとも読めないことはない。」(潮見佳男『プラクティス民法 債権総論』〔信山社,第3版,2007年〕330頁)。

「近年,一般的な契約法理による当事者確定の方法がとられる方向への変化が見られる」(中田裕康『債権総論』〔岩波書店,2008年〕320頁)。


■主観説

「預金の出捐者が誰であるかに関係なく,預入行為者が特に他人のために預金する旨を明示しない限り,預入行為者をもって預金者とするもの」(潮見佳男『プラクティス民法 債権総論』〔信山社,第3版,2007年〕329頁)。

有力説。近時は,潮見佳男先生が主唱。但し,潮見先生は,従来の預金者の確定という文脈で直ちにこの見解を主張しているのではなく,「預金契約の類型的特徴と契約法理による当事者確定ルールとの調和をめざすという観点から」この見解を主張している。

次に述べる実務の取扱いは,基本的には潮見先生の見解とほぼ同じ


■金融実務

「本人確認法上の本人確認が行われることによって,架空名義預金や借名預金が作成される可能性が低くなったとはいっても,だれがどういう資金でだれのために預金取引を行ったかという,預金の帰属に関する問題は,依然として存在しているのである。」
本来,金融機関にとっては,預金名義人が預金者ではあるが,判例は自らの資金により自らの預金とする意思をもって預金をした者を預金者と認める立場をとっており,預金名義人が預金者であるとは限らない。万一,預金の帰属について争いが生じると,金融機関では,だれに預金が帰属するかを判断できることはまれであり,当事者間の話合いに決着がつくまでは,正当な権利者ではない者に払い戻してしまうリスクがを回避するため,払戻しを留保せざるをえない。」(前田庸ほか監修『銀行口座の法務対策3300講【上巻】』〔きんざい,平成16年〕43頁)


■普通預金に関する近時の裁判例

東京地判平成6年7月29日金法1424号45頁(尚,この判決は,控訴審・東京高判平成7年3月29日金法1424号43頁でも維持されている)
「普通預金は,取引開始の際に,預金者と銀行との間で約定書を作成して払込み払戻しの方法,利息等について契約を締結し,預け入れられた金額は常に既存の残高と合計された一個の債権として取り扱われ,預入れごとに金額を区分けして取り扱うことはおよそ予定されていないものであるから,一個の包括的な契約が成立しているものと解すべきであり,個々の預入金ごとに各別の預金債権が成立するとみることはできない。
そうすると,普通預金契約においては,口座開設当初の預金者がその後の預入金についても預金者となるといわざるをえない。」


預入金が最終の残高に対応している定期預金と異なり,入金があるたびに既存の預金債権と合算されて残高が変動し,それが1個の預金債権として扱われる普通預金の場合,出損者は誰かという観点で処理するのでは限界がある(入金の都度出損者が異なることもありうる)。むしろ,預金契約上の預金者としての地位としての,預金口座が誰に帰属するかを問題とするのが実態に即している。そして,その場合は,客観説のように出損者を基準とするのではなくも預金契約の主体(名義人)は誰か,預金口座は誰が管理しているか等が重要な判断要素となるだろう」(内田貴『民法3』〔東京大学出版会,第2版,2004年〕48頁)

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