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短編小説 『ライスシャワー』


「カチャン」

玄関のドアを閉め、内側から鍵をかける。
その音が鳴るのと同時にふみは表情一つ変えず台所へと歩を進め、炊飯ジャーへと一直線。
滑らかな動きでジャーの蓋を開け、内鍋を取り出しシンクに置く。
右手にぶら下げていたコンビニの袋をその上で逆さまにすると、先ほどまで結婚式場に散乱していた“ライスシャワー”の米達がタタタタタと小気味の良い音を立て鍋の中へと飛び込んで行く。

ジャー。
キュ。
シャーシャーシャー。

ふみは据わりきった目で黙々と手を動かす。
“とぎ汁を捨て” “水を入れ” “米を研ぐ”を4回繰り返し、ジャーに戻す。

「ピ」

牛田ふみ31歳、独身。
職業、ウェディングプランナー。

彼女にとっての式本番はこれからだった。
実りある結婚生活を象徴するライスシャワー。
その米を炊き上げ喰らい尽くす、これがふみの『儀式』だ。

仕事とは裏腹に、私生活では結婚と縁もゆかりもない。
昨夜のコンパも人数合わせで呼ばれたことなど端からわかっていた。
男子とも形式的にLINEを交換し、それで終了。
井戸の底のように深いこの暗闇に光を射すものと言えば、自分が幸せを手に入れる以外にない。
そんな事はふみもわかっていた。
しかし、その取っ掛かりすら笑ってしまうほどに見込めないのが現状だ。
そんな毎日を送る中、ふと思ったことがあった。

「ライスシャワーのお米って食べられることもなく捨てられていくのか…」

収まるべきところに収まることのできないそのやるせなさは自分に重なるところがあるな、そう考えた時に「私が食べてあげなきゃ」という飛躍した結論に達した。
そんなある夜、行き場を失くした“米”はあったかいご飯となり、ふみの腹に収まった。
それにより不思議と心が満たされたふみは、その行為を習慣へと変えていった。
そして、次第にそこには観念的要素も加わっていた。
それはこんなものだった。

「できたてホヤホヤの家庭を“米”に変えて喰らい潰してやる」

我ながら悪趣味だと思った。
しかし、そう考えながら食べるご飯が堪らなく美味しく抑えようにもニヤニヤが止まらなかった。

それからというもの、自分が担当する式では客相手に必要以上にライスシャワーのプランを勧めた。
そして、その『儀式』はふみにとって生活の一部となった。
そこで止まらなかったニヤニヤだけではなく『儀式』における様式の進化だ。
ふみは調理法にも付加価値を見出だすようになった。

その日はジャーの炊飯中ランプが赤く点っている間にカレーを作り上げていた。
ふみはルーを混ぜながらブツブツと唱える。

「甘い生活?ふざけるな、カレーのように嫁姑の関係がドロドロになれ。塩と砂糖を間違えて姑にイビられろ。そして、辛く煮詰まった家庭に…」

そうカレーに怨念を込める。

先週のメニューはイカ墨のリゾットだった。

「墨のように真っ黒な家庭を。すぐにブレーカーが落ちて真っ暗になるアンペアの低い家に住むことになれ。セックスレスに陥り、旦那の手はイカ臭くなれ …」

イカ墨にそんな下世話極まりない祈りを捧げた。

その前にはチキンライスを作った。

「ケチャップのような赤い鮮血を。平米的に仕方なく急になってしまった階段を踏み外し、膝を擦りむけ。チキン…… そう、鳩の糞に苛まれる家になれ…」

その他にはチャーハン。

「パラパラに…… そう、夫婦バラバラになれ…」

他人丼はそのままの意味だ。

「離婚しろ」

そのようにして、黒魔術とも言える『儀式』はどんどんエスカレートしていった。
しかし、それに伴い新しい料理を試みることで、皮肉にも家庭的ではなかったふみの花嫁修行にもなっていた。

そのようにして、その日もふみはカレーを平らげ『儀式』を済ませた。
そのデザート代わりとも言うべき虚無感を味わっていると、ケータイが鳴った。
画面に浮かぶ“明生”という文字。
ふみの心臓が波打った。
何故なら、その音はLINE通話の着信音だったからだ。
上手く事態を飲み込めなかったふみは、焦りながらも通話ボタンを僅かに震える親指で押した。

「もしもし、昨日はお疲れさま~。アキオだけど、わかるかな?」
「あ、はい…」

明生は昨夜のコンパで唯一まともに話した、やけに積極的な男だ。
自分なんかに電話なんかと、にわかに信じられず言葉に詰まっていると男が続けた。

「いきなり電話とか、ごめんね。迷惑だったかな?」
「いやいや滅相もない!恐れ多いです!あの… はい」
「ハハハハハ!ふみちゃんって昨日も思ったけど、本当に面白いよね。あれ?今は何してたの?」
「あ、えっと… い、家で一人料理作って食べ終わったところで…」

勿論、あんな『儀式』をしていたなんて口が裂けても言えるはずもない。

「へぇ~ 家庭的なんだね。でも、一人なんて寂しくない?」
「いや、まぁ… その、慣れてるっていうか… 」
「ふーん、そっかぁ。じゃあさ、たまには気分変えて二人で遊ぼうよ」

心臓の位置がハッキリとわかるほどに胸の鼓動が速くなった。

「え!?あ、はい… 」

そこからどんな会話をしたかは半分も覚えていない。
しかし、「 …じゃあ、出張から帰った再来週の23日ね。映画も、そのあとのふみちゃんの料理も楽しみにしてるね」と言う男の言葉で「あ、デートの約束… 」と我に返った。

電話を切りボーッとしまま、ソファーの上に体を横たえると天井には到底届かない声で呟いた。

「デート… しかも、いきなり男の人に料理…」

次の日の朝、昨日の出来事は夢だったのではないかという思いが過った。
しかし、LINEを開き「どうやら現実だったみたいだ」とまた天井を見上げた。
そのまま、ふみはフワフワした気持ちを携えながら職場へ向かった。

その日は、週末に式を控えたカップルとカフェでの最終打ち合わせだった。
いつもだったら、幸せそうな二人を前に「(私の『儀式』も知らずに… )」と腹に一物を抱えるところだ。
しかし、そんなことは忘れたかのように満面の笑みを浮かべ言葉をかけた。

「改めて、この度はおめでとうございます。ここは、私にランチ奢らせてください。前祝いです!」

そこには、恥ずかしいくらいにつくづく調子の良いふみがいた。

「ここのパスタ、凄く美味しいんですよー!えっと~ あ…!」

ふみは自分の発した言葉で昨夜の電話の内容を思い出した。

「俺、パスタ作って欲しいな~ …じゃあ、出張から帰った再来週の23日ね… 」

男が料理話に食いつくものだから「なんでも作ります!」と息巻いた昨日の記憶が突如として脳裏 を掠めた。

そして、その先には落とし穴が待っていた。

考えてみれば、ふみの料理のレパートリーは“米”に限ったものだったのだ。

元々自炊などしなかったふみは、パスタなどろくに作れない。
あの『儀式』が自分の首を締めたのだ。

「どうしたんですか?」

男がふみの顔を窺って言った。
すると、ふみは制御も効かぬまま口走っていた。

「あの、予定していたライスシャワーなんですが… ここはひとつ“パスタシャワー”というのはいかがでしょうか?」

一転、ふみは引きつった笑顔でそう問いかけた。

それを聞いた二人は互いに一度目を合わせ、きれいに揃った声でハッキリと言った。

「は?」


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