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渋谷のスクランブル交差点に瞬間移動⁈

こどもの発達、という観点から、
”偏り”がある子
”でこぼこ”がある子
”個性的”な子
といわれる子どもたちがいます。
そのなかに、感覚的に敏感さや繊細さが強めなので、
新しい刺激やちょっとした変化にすぐ気づいてしまう
子どもたちがいます。
カウンセラーとしては、春が巡ってくるたびに、
敏感な子たちは、毎日どんな思いで過ごしているんだろうかと、
ちょっと心配な気持ちになります。とくに、
保育園から小学校へ新入学とか、
小学校から中学校へ新入学とか、
中学校から高校へ新入学とか、
進学のケースの場合、環境がガラッと変わってしまうので、
敏感で違いが分かってしまう子どもたちにとって、春は試練の時だとも
いえます。
今まで通りが通用しないので、不安にもなるし、緊張するし、疲れるしで、
毎日きっとへとへとになっているのではないかと思うからです。
四方八方、五感全てを新しい刺激にさらされているなかで生活する、
その大変さについて、カウンセラーから保育・教育現場の先生方や、
親御さんたちに、本人に成り代わって、どうやって伝えたら、
理解してもらえるのだろうかと、
苦心してきました。

あるとき、園庭で先生と青空コンサルテーションをしていました。
敏感さをもつお子さんは、先生からするといわゆる”気になる子”だったりします。
その子が地面にしゃがみこんで砂を手ですくってみたり、広い園庭の真ん中で何をするというのでもなく、ただ立ち尽くしている姿をちょっと離れたところから観察しながら、こんなたとえ話をしてみました。

<今こうやって先生が、子どもたちと外遊びをしているのは、昨年度とはちょっとメンバーが違っていたり、担当のクラスが違っていても、いつも通りの慣れ親しんだ光景ですよね。>
カウンセラーが先生に問いかけます。

「そうですね。この園に勤めるようになって3年目なので、この春に一部の子どもや先生が入れ替わったり、いくらか変化しましたけど、いつも通りの感じです」
そう先生が答えます。

<では、もし先生が、たった今この瞬間に、渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に、瞬間移動、テレポーテーションしちゃったとしたら、どうなると思いますか?想像できそうですか?>
カウンセラーはさらに問いかけます。

すると、先生はハッと目を見開いて、
「そ、それはきっと、パニックになるか、フリーズしちゃうと思います!!目に映る景色に反応できなくて、固まっちゃうと思います!!
青信号が点滅して、赤に変わるまでに、目的地にたどり着けるかどうか怪しいかもしれません!笑!」
リアルに想像できてしまった先生ほど、焦った表情で、できればそういう思いはしたくないですねと、苦笑いされたりします。

<そう、だれしもそうなりそうですよね。馴染みのない刺激に容赦なく
さらされて、逃げ場もない、反応すら返す余裕も無くなって、
感覚がマヒしちゃうような状態ですよね。
受け止められるキャパを大幅に超えてしまった、キャパオーバーな状態。
それって、もしかしたら、今そこで静かに手のひらを地面にあてて、
じっと砂の感触を味わっている彼女が、
この日常の園生活のなかで、ときどき味わっている世界かもしれないと思うんですよ。
瞬間移動ですから、不意打ちですよ。
前ふり無しで、心の準備もできないんですよ。気づいたら、全然ちがう世界にいると。
自分のお教室のなかで、決まったメンバーと一緒に過ごすのは、春のスタート時に比べたら、日々少しずつ慣れていくことができていると思います。
でも、園庭とか、もう少し暑くなって水遊びとかプールとかが始まると、不特定多数の他のクラスの大勢の子どもたちの歓声や、激しい動きに囲まれてしまうこともありうるでしょう。
もしかしたら、そういうとき、先生の声が届きにくくなったり、返事をしなくなったり、その場から動こうとしなくなってしまうこともありうるんじゃないかと思うんです>
こんな風にカウンセラーが説明をしました。

それを聞いていた先生は、
「なるほど~。そういわれると、なんだかわかる気がします。じゃあ、そういうときって、どういう対応をしてあげたらいいんでしょうか?」
先生は手立てについて、ヒントを求めてきます。

<たとえば、スクランブル交差点で、固まっちゃった自分がいたとしたら、よく知ってる人が、”こっちに行くよ” と手を引いて導いてくれたら、ハッとわれにかえって、ちょっとホッとして、また動きだせそうな気がしませんか?次の具体的な一歩を示したり、促してくれると、少し落ち着きを取り戻せそうですよね。>
カウンセラーは、たとえ話に戻って、手立てについても提案をしていきます。
すると先生は、
「ああ、なるほど、なるほど。そうしてくれたら、とっても助かります」
とリアルに想像しながら、反応を返してくれます。

<あの渋谷のスクランブル交差点も、まあ何回か行けば、だんだんと自分なりの対策が立てられるようになりますよね。自分の生きたい方向を見定めて、信号が変わらないうちに渡り切れるスピードで歩くとか、すれ違う人の髪が金色だろうと緑だろうとピンクだろうと、破れたTシャツの隙間からおへそが見えてて、そこにピアスが光っていようが、頭に三角の耳がついてたり、お尻からふさふさのしっぽが伸びてたとしても、けして立ち止まらずに、歩き続けるとか。。。きっと自分なりに工夫して乗り切る方策を見つけられますよね。慣れてしまえば、落ち着いて、ゴールにたどり着けそうですすよね>
カウンセラーは、先生にまた投げかけます。

すると先生は、笑いながら、自分自身と重ね合わせて、さらに理解を深めつつ話をされます。
「ああ、わかります、そういう感じ。敏感なお子さんは、大勢の人が行き交う雑多な環境で、ちょっとしたことにも気づいちゃったり、スルー出来なかったり、気にせずにはいられないということなんですね。自分にもそういうところあります。よく知らない人がいっぱい集まる立食パーティーとか、苦手なんですよ。何を食べたか味もなにもわからなくなっちゃったり、誰と何を話したらいいのかうろうろして、居心地悪くて早く帰りたいって思ったり、笑。ようやくうちに帰りつくと、どっと疲れを感じて、お腹がすごく空空いてることに気づいたりします、笑」

<けして園がイヤだとか、ひとが嫌いとか、やる気がないとか、そういうことではないんですよね。むしろ、ひとや活動に対しては、興味津々だったりすることもありえます。でも、ほかのひとよりも、慣れるのに、馴染むのに時間と繰り返しが必要なタイプだ、ということなんだと思います。できれば、長い目で見て、じっくりと見守りつつ、フリーズしたり混乱している様子の時は、具体的な次の一手を示して導いてあげるといいと思います。>
その日の青空コンサルテーションは、こんな言葉で終了しました。

カウンセラーの作業は、その日、その場で、その瞬間の子どもの様子をつぶさに観察しながら、その子が何をどう感じているのかを想像、イメージでまずとらえます。そして、何が課題になっているのか、それをどのようにサポートすれば、成長や良い変化を望めそうなのかを推測していきます。幼いお子さんほど、言葉で説明してもらうことはむずかしくなりますので、子どもの表情や態度、動き、ふるまい、雰囲気、声のトーンや口調、好む色や形など、生活の様子そのものからその子の本質をとらえることが求められます。そして、そのいったん組み上げた仮説、すなわち<見立て>を、今度は先生やお母さん方へ、説明したり、解説したり、翻訳したりすることになります。
1人ひとりの子どもたちの、まだ言葉にならない思いを、その存在すべてを通して表現されている思いを、なんとかして汲み取り、周囲のひとたちにわかってもらえるようにと、カウンセラーのこころのアンテナは、いつも感度最高でフル稼働に設定されています。


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