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レーズンサンドの夜

窓から顔をだすと、風、ふぁさーとなびく前髪、甘やかな匂い。何もない、あっという間の長い1日の終わりに。ひとりで、夕ごはんのあとで、すこしだけ風をすう。喫煙、いえ、喫風者が1名。すぎてゆく風の隙間に、電車は流れて星も流れて、いろいろな音たちが、遠くへ行ってしまう。それでも聴こえてくる、大きな交差点、明滅する信号、ふるえてる、誰かのつめたい洗濯物が、お家のなかに保護される音。遠ざかるサイレン、あれは私が搬送されてるんだ、この風のこと、しぬ間際に思い出してる。だから甘いね、ラムシロップに浸したレーズンみたい、レーズンレーズン、私そんなにすきじゃなかった。でもラムレーズンの香りがする、ひんやりおもたいクッキーの味、あれだけはずっと忘れない。この夜とおなじ匂い。隣の家のテレビが鳴る、窓ガラスに点滅する光、慣れてゆく視界、うすくなる闇、いつしか時間をすり抜けて。風、ふぁさーと吹いたら、それに応える木々たち、電線が揺れる、ぐわんぐわん、眠れないカラス、そのまま1羽、また1羽、石炭色の風になる、夜が染まる、私は彼らの後を追う。


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