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透明サラダ



 「透明人間のサラダです」



その言葉に、私達の動作は止まる。



 「とうめい…にんげん?」



相方が、言葉をなぞって聞き返す。
私は、ウェイターの反応を待つ。



 「透明、人間です」



はっきりと区切るように、彼は確かにそう言った。「高麗人参」とか、そういう食用品の一種を言うときほどに、衒いなく。



 お皿の上には、何もないように見える。


が、よくよく目を凝らすと、透き通った歪なフィルム状の重なりが、テーブルの上の照明を、限りなく淡く反射していた。


 「食べてよい物でしょうか、これは」


今度は私がウェイターに、回答を求める。



 「食べてよい物です、こちらは」


彼の口調は、あくまで事務的だ。



 「体に毒では、ないのでしょうか」


不信感も顕に相方が、再び尋ねる。



 「体に毒では、ありません」



沈黙。
私達は、フォークを握る。



 それ以上質問がないとわかると、ウェイターはこちらへ向かって一礼し、表情一つ変えずにテーブルを去った。



──フォークを片手に、お皿を見つめる。


 「ある、よね」
 「あることは、ある」

 「にんげん、なのかな」
 「とうめい、だけどね」

 「食べて、みます?」
 「食べて、みます」



呼吸を合わせて、私達は不可視の物体を定め、フォークをさした。



 しゃく
  しゃく


僅差のずれで、フォークがささる。

その音は、レタスのそれによく似ていた。



毒ではない、その言葉一つを信じ、フォークを口元に運ぶ。

慎重に、咀嚼してみる。



 しゃく しゃく
  しゃく しゃく

 

食感。味。咀嚼音。

どう解釈しても、これは、レタス。

人参でも、人間でもなく、ごく普通のレタスのサラダだった。


 「なんだ、レタスだ」
 「なんだ、よかった」



顔を上げ、笑おうとした。しかしどこにも、視点が合わない。



 正面には、青いセーターと、
 袖口近くに浮いたままのフォーク。

 見下ろすと、白いセーターと、
 袖口近くに浮いたままのフォーク。




──サラダは全く毒でなかった。

以来私達は、透明である。



 ◇ ◇ + ◇ ◇ 
       

 ここは、透明人間たちのレストラン。

空いているように見えても、お席には限りがございます。

 ご予約は、お早めにどうぞ。

 


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