千静のうた絵巻 vol.3 ゆきおんな ――楽曲解説
本日は皆さま、ご来場ありがとうございました。
「千静のうた絵巻 vol.3 ゆきおんな」いかがでしたでしょうか。
今回は小泉八雲（ラフカディオ・ハーン）の「雪女」をベースに
雪女の恋を描いてみました。
秋田の子守唄
ねんねこころろこ ねんねこころろこや
おらのめんこどさ 誰かもた
1曲目は秋田県に伝わる子守唄。
ハーンの「雪女」は巳之吉との間に10人の子どもをもうけます。
約束を破った巳之吉を殺そうとした雪女はしかし
子どもたちのために思いとどまります。
それでも、雪女は子どもたちと別れなければなりません。
雪女はきっと、残していった子どもたちのことを
遠くからひとり思い続けていたことでしょう。
『遠野物語』には、小正月の晩に子どもを連れ去る雪女が出て来ます。
ただ子どもを脅かす雪女ではなく、
子どもたちに思いを寄せる雪女を表現しました。
立山
逢いたさ 見たさに 来たわいな
ハーンの「雪女」では
巳之吉と茂作が雪女に出会った吹雪の夜から一年後、
山からの帰り道で巳之吉はお雪と出会います。
お雪＝雪女は、なぜ一年も経ってから巳之吉の前に現れたのか。
原作では何も語られてはいません。
富安陽子『あたし ゆきおんな』のゆきおんなは
雪の野山をひとり歌い踊るような無邪気さをもちながら、
ときには孤独感から人里に近づいて行ったりする。
『アナと雪の女王』のエルサも
すべてを凍らせる力の持ち主ゆえに孤独です。
雪女は寂しい存在なのかもしれません。
〽あの山越えて来たわいな
寂しさを知って、寂しさゆえに、巳之吉に会いに来た、のかもしれません。
氷脈
愛しさも 優しさも
いつのまにすり替わる
哀しさと 寂しさに
すり替わる
子どものいない老夫婦の家に、雪の晩に少女が訪ねてくる。
貧しい独り身の男の家に、雪の晩、女が訪ねてくる。
けれど、火に当たらせたり、風呂に入れたり、
春が近づいたりすると、彼女たちは消えてしまう。
そういう雪女もいます。
寂しさをひととき癒してくれる、やさしくはかない存在。
巳之吉は母親と二人暮らし。
一緒に仕事に出ていた茂作は死に、
嫁をもらうあてもまだない。
巳之吉もまた、寂しさを抱えていたのかもしれません。
春のかたみ
あなたの胸にこの身を任せ
私は死んでいこう
『伊勢物語』には「交野の雪鬼」が登場します。
交野に鷹狩りに来て大雪に遭った在原業平の前に
ひとりの女が現れ、宿を貸す。
業平は女を都へ連れて帰るが、春が近づくにつれ
女は弱っていき、ある日、消えてしまう。
それは雪鬼であった。
雪女はいつか約束が破られることを感じていたでしょう。
春になると、とけてしまう雪のように
裏切られる前に消えてしまいたいと願ったこともあったかもしれません。
恋の道行
雪の夜道を新口村
雪鬼のように
ひとりで先に消えてしまう終わりもあれば、
この世で添い遂げられない二人が
未来を信じて心中する物語もたくさんあります。
「冥途の飛脚」（傾城恋飛脚、恋飛脚大和往来）は
梅川と忠兵衛が忠兵衛の故郷、新口村を訪ね
忠兵衛の父・孫右衛門に今生の別れを告げたあと
雪の中を追手から逃げて行く場面が有名です。
雪景色と二人の衣装のコントラストも美しく印象的です。
雪国
忘れてしまえ 男は殺すのさ
雪女は最初に茂作を殺してしまいます。
しかし、これをことさら残酷だと考えることはないでしょう。
雪女とは、そういう存在なのです。
本来なら、人間と雪女は住む世界が異なり
出会うことがないはずで、
何かのかげんで出会ってしまったときに悲劇が起きるのです。
巳之吉は雪女との約束を破ってしまいましたが、
雪女も、巳之吉に会いに来るというタブーを犯してしまったのでしょう。
異類婚姻譚の多くは破綻してしまうのです。
ゆき
捨てた憂き、捨てた浮世の山鬘
かつて芸妓だったソセキ（リセキ）という女性が
過ぎた日のつらい恋を思い出し、
けれど今は尼となって執着から解放されている、という歌です。
雪女も、今はそんな気持ちでいるのではないでしょうか。
六花
六花の雪よ 降り積もれよ
すべてを包んで 降り積もれよ
六花、とは雪の異称です。
雪の結晶には六つの花びらがあります。
世界で初めて人工的に雪の結晶を作った中谷宇吉郎は
「雪は天からの手紙」だといいました。
中には雪女からの手紙も混じっているかもしれません。
「千静のうた絵巻」は2024年も引き続き開催予定です。
またのご来場をお待ちしております。
公演情報等はブログ、ホームページをご覧ください。
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