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あいつを探せ

あいつが行方不明になった。
思い当たるところは全て探したが、どこにもその姿はない。「これにてごめん」とばかりに、忽然と姿をくらました。

一体どこへ。
ついさっきまで、確かにここにいたのに。


あいつが姿を消すことは、これが初めてではない。私をからかっているかのように姿を消し、見つけてごらんと私を試す。

思い当たるところを目を皿のようにして探しまわる私を、あいつはどこかからひっそりと見ている。逃げたところで二度と出番は訪れない、捨てられる運命だというのに。だからこそ、それを敏感に察知し、捨てられたくない一心で逃げ回るのかもしれない。

そう、私の目から外されたあいつに待ち受けているのは、役目を終え、ただ体がひからびゆく未来。彼らにとって生命維持装置とも言える特別な液体は、ケースから出され私の目に装着された時点で排水溝に流され、ケースもゴミ箱の中。もう、どんなに頑張っても、私の元で生き延びることはできない。


人間の体に寄生し、家の中をあちこち運ばれた結果、思いもかけないところからくしゃくしゃになった姿で発見される。からからに乾燥し、少しの力を加えただけで簡単に崩れ落ちる痛々しい姿に変わり果てて。


昨日、あいつが脱走した。
タオル掛けに掛かっているタオルで濡れた手を簡単に拭いていたとき、あいつは私の掌に確かにいたのに。

消えた。

1枚行方知れずになり、掌に残るは1枚のみ。ざっと実況見分するが、裸眼ではよく見えない。私は気を取り直し、眼鏡をかけてもう一度現場を検める。一番怪しいタオルをじっくり観察するが、どこにも姿はない。洗面台にも丸くて薄い水色のその姿はなく、マットにも見つけることはできなかった。

あいつに関し、私は諦めがいい。
捜索は早々に切り上げる。
どんなに逃げたところで逃げおおせることはできず、必ず見つかることを知っているから。体から水分が抜けていきながらも、懸命に闘い抜いた姿で再び私の目の前にあらわれる。ときに踏まれて、ぼろぼろに砕け散った体であらわれるから。


だが、今回のあいつは違っていた。
最期まで闘い抜いた。
そして、最後の最後で私に反撃してきた。

足の指先に鋭い痛みが走った。
画鋲が刺さったという思いが、とっさに頭をよぎった。画鋲が刺さったことなど一度もないのに、それを連想させるほどの刺すような強い痛み。私は慌てて、履いていたもこもこの靴下を脱ぐ。出てきたのは、行方知れずになっていたあいつだった。踏んだら簡単にくしゃっと潰れるやわな姿ではなく、きれいに折られて厚みと強度を増し、鋭角な先端を持つ攻撃的な姿に変身したあいつだった。

靴下を裏返す。
小さな、でも同じく攻撃性の高そうな鋭いもう一片が出てきた。まるで砕けたガラスの欠片のようだ。砕けたガラスはきれいだが、慎重に触らないと深手を負わせる危険な存在。

恐れを知らない、好戦的な親分と子分のよう。

私は2片を手にとり、語りかける。
最期まで諦めず、勝負をしかけてきた姿勢に拍手を送りたい。


私は考えを改めなければいけない。
決してやわではなかった。
今までが幸運なだけだったのかもしれない。それなのに私は、君たちを甘くみていた。殺傷能力はないが、深く刺されば血を見させることができるほどの力を、その小さな体に秘めていた。潤っているときは柔らかさが自慢だが、乾いた体は武器になる。


コンタクトレンズとともに生きていく。これからも。

君たちのおかげで、毎日たくさんのものを見ることができている。初めてコンタクトレンズを付けた日を忘れないよ。私の世界が変わった日。眼鏡を頑なに拒否し、裸眼で頑張っていた若かりし頃。その頃の私の記憶は、どれもぼんやりとしている。原色はなく、淡い色彩で彩られている。

初めてのバイト代で買ったコンタクトレンズ。コンタクトレンズは、私のぼんやりとした視界を変えてくれた。世の中は、こんなにたくさんの色で彩られ鮮やかだったのかと踊りだしたい気持ちになった。色が濃い、新鮮な発見だった。
そんな気持ちをすっかり忘れていたよ。

ありがとう。
そして、末永くお付き合いしていきましょう。

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