牡丹堂、女の執心のこと
『諸国百物語』1677年
中国の寺には、牡丹堂という所がある。
人が死ねば、棺の中に入れる。
棺の外側には牡丹の花の絵を描き、牡丹堂に持ち運ぶ。
そして、他の棺の上に重ねて置く。
ある男が、妻に死なれた。
男は哀しみのあまり夜な夜な牡丹堂へ行き、念仏を唱えることが何日も続いた。
ある夜、その牡丹堂へ若い女がやって来た。
首に円い形の薄い鐘を掛け、念仏を唱えている。
女が来るような場所では無いので、男は不思議に思って尋ねた。すると、女は
「夫と死に別れました。それで、このような事を」と語る。
さぞ、お辛い事でしょう、と男は涙を流した。
それから毎晩、共に念仏を唱えたり連れ立って歩いていたりしていたが、
当然、そうしているうちに二人は浅くない契りを交わす仲となった。
時には女の方から男の家へ来る事もあり、夜通し酒を酌み交わしたりして遊んだ。
そんなところを、偶然隣に住む人が覗き見てしまった。
男が酒盛りしている相手は、女の髑髏(しゃれこうべ)だった。
死んだ妻が、別の女となって男のもとへ通っていたのであった。
隣の人は驚いて、夜が明けるとこの男に見たままの事を話した。
男も驚き、その日の夕方、物陰に隠れて女を待った。
はたして、やって来るその女の姿は、髑髏であった。
それからというもの、男は恐怖に耐えかねて家に籠った。
戸にも窓にもお札を貼って一歩も外へ出なかった。
物忌という、悪霊や魔物を避けるための引きこもりであった。
そして三年が経った。もういいだろう、と男は気晴らしに外へ出ると召使いたちと鳥を追った。
鳥を刺して食べるつもりだった。
ある一匹の雀を追っていると、牡丹堂のなかへ逃げ込んで行った。男も続いて入って行った。召使いたちの目には、ほどなくしてその姿が見えなくなった。
彼らは不思議に思って、堂内に入って行った。
重ねてある棺の数々を見ると、血がついている棺がある。
下人たちはこの棺を開けて、中を覗いてみた。
なかでは、女の髑髏が、引きちぎった男の首を加えていた。
男の身体はどこにも無かった。
女の執念が、三年過ぎてついに男を自分のものとしたのであった。
(終わり)
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